ハイウェイが導く先は、希望か、絶望か『オン・ザ・ハイウェイ』レビュー


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夜のハイウェイ、1台の車を運転する男ー。舞台装置はこれだけだ。

男(トム・ハーディ)は運転しながら、電話をかけ始めた。
どうやら彼には良き家庭と、やりがいのある仕事があるらしい。
自宅では妻と二人の子供が一緒にサッカー観戦しようと彼の帰りを待ちわびている。
仕事では周囲からの信頼も厚いベテラン現場監督のようだ、明日は大きなプロジェクトが控えているらしい。会話から読み取れるのは、彼の順風満帆な人生。
だが彼は今、それらの大切なものとは真逆の方向へと車を走らせていたー。

意欲的なワンシチュエーション・ドラマだ。
一人の男、アイヴァン・ロック(トム・ハーディ)がひたすら運転し電話をかけ会話する、終始それに尽きる映画で、会話相手の顔は一切映らず、回想シーンすらないのだが、飽きることはない。
アイヴァンの目的地が物語の鍵なので言えないのだけれど、ただ言えるのは彼は今夜は帰宅できず、明日のプロジェクトの指揮も取る事が出来ない、それにより生じる問題を解決するため電話をかけ続けるということ。
相手は家族や上司、部下、役所の人間、あるいは、ある女性。

物語の展開が電話頼りという状況だが、会話だけで主人公の仕事、私生活を即座に理解させてしまう脚本の緻密さに舌を巻く。
最初は好意的だった同僚や家族たちがアイヴァンとの会話により困惑、動揺し、電話一本をきっかけに人間関係が怒涛の勢いで変容していく。
たかが電話、で操れる数々のことがあり、そしてたかが電話、で崩壊してしまう関係の脆弱性を見せつけられる。

興味深いのは、主人公にして唯一のアイヴァンという男だ。
仕事、家庭の問題を解決するため事前に「やるべきことリスト」を周到に準備する彼は、どこか「厳しい局面を乗り切る自分」に誇りを抱いてるようにすら見える。
普段の責任も果たし、自分がしでかした結果の責任も取る、という、責任から責任への綱渡りに感嘆すべきかもしれないが、自己満足の香りも否めない。
だが、時折突っ込まれるアイヴァンの独り語りー恐らく彼の身勝手で無責任だった父に向けてーに、アイヴァンの「こうあるべき俺」を形成した背景があるんじゃないかと、彼の生い立ちにすら観客は思いを馳せる。

トム・ハーディは『マッドマックス』『ダークナイトライジング』など大作の印象が強いが、本作では狭い車の中、繊細な感情を見事演じきっており、演技力の振り幅を見せつけている。
苛立ち、怒鳴り、自分を鼓舞し時には涙しながら、男は車を走らせ続ける、目的地で彼を待つものを、あなたはどう見るだろうか。
運転席に凝縮された一人の男の人生から、目が離せないことはまず間違いないだろう。

文 小林麻子

『オン・ザ・ハイウェイ』
配給: アルバトロス・フィルム ©2013 LOCKE DISTRIBUTIONS, LLC ALL RIGHTS RESERVED
6月26日よりYEBISU GARDEN CINEMAほか全国順次公開。7月4日より名演小劇場にて公開。
公式サイト http://www.onthehighway.net/

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