悲しみの、その先へ『おもかげ』レビュー



誰もいない海辺から物語は始まる。
ある日エレナ(マルタ・ニエト)のもとに、元夫と旅行中の6歳の息子、イバンから電話がかかる。旅行の様子を聞こうと明るく話すエレナだが、次第に息子がひとりで見知らぬビーチにとり残されたことが明らかになる。

それから10年、エレナはそのビーチにあるレストランで働いていた。イバンの失踪事件は、その地域では誰もが知ることとなっていた。
日々息子の名残を求めてビーチを歩くエレナは息子に似た少年、ジャン(ジュール・ポリエ)に目を止める。
エレナはジャンに息子の面影を投影し魅了されていくが、ジャンは息子ではない…。分かりつつも、エレナは自分を止められなくなる。エレナとジャンが親しくなるにつれ、エレナの恋人、ジャンのガールフレンド、ジャンの家族など周囲には不安と疑念が広がっていく。

スペインのロドリゴ・ソロゴイェン監督が2017年に製作した短編映画「Madre」をそのままオープニングシーンに据えて、幼い息子を失った女性エレナのその後の物語が描かれている。
「第76回ベネチア国際映画祭」オリゾンティ部門に出品され、エレナ役のマルタ・ニエトが主演女優賞を受賞した。また、「第91回アカデミー賞」短編実写映画賞にノミネートされたほか世界各国の映画祭でも数々の受賞を果たした。

10年間悲しみを抱えてきたエレナの深い失望を作品の静かで繊細な世界観がより際立たせている。
彼女は穏やかで感情を露にすることはないが、奥底にしまいこんだ怒りや苦しみを爆発させないためにそうしてきたのだろう。封じ込めた感情が、ジャンとの出会いで少しずつ解放されてゆく。
エレナの息子の面影をもち、彼女を慕う少年ジャンを演じるのは、フランスの若手俳優ジュール・ポリエ。

年の離れた二人の関係は疑似親子なのか、友情かまたは恋愛なのか、曖昧なまま物語は進んでいくのだが、そもそも他者との関係に名前をつけるよりも、その関係にどういう感情が生まれたかだろう。
ジャンとの交わりを通じて、エレナの中の機能を失った感情が修復されていくのは確かであるし、二人の交流が一見不穏なように見えても、共有された感情は二人にしか分かり合えない。霧の隙間に光が差し込むような、その瞬間を切り取ったラストシーンに再生への希望を抱かずにいられない。

文 小林サク

『おもかげ』
配給:ハピネット 配給協力:コピアポア・フィルム
©Manolo Pavón
10月23日(金)、シネスイッチ銀座、YEBISU GARDEN CINEMAほか全国ロードショー

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