そうだ、恋とはこういうものだった『窮鼠はチーズの夢を見る』レビュー
同性愛をセンセーショナルに扱うのはもう主流じゃないんじゃないか。性別に関わらず「その人」を好きになるのであれば、同性を好きになるのはあり得ることとした上で繰り広げられる物語の方がリアルな気がしてしまう。
『失恋ショコラティエ』、『脳内ポイズンベリー』の水城せとなの人気コミックを原作に行定勲監督がメガホンを取り、主演には関ジャニ∞の大倉忠義と人気俳優の成田凌。華やかな要素の数々とは裏腹に本作『窮鼠はチーズの夢を見る』はビターチョコレートを噛み締めるような、本格派のラブストーリーだ。
会社員の大伴恭一(大倉忠義)は、ある日オフィスを訪ねてきた大学時代の後輩、今ヶ瀬渉(成田凌)に再会する。突然の再会に驚く恭一に今ヶ瀬はこう告げる。僕は興信所で探偵をしていて、あなたの浮気調査をしていますーー。浮気の証拠写真を見せられ動揺する恭一は、妻には黙っておくよう今ヶ瀬に懇願する。
「学生時代からずっと好きだった」と恭一に打ち明ける今ヶ瀬が提示した交換条件を断りきれず、恭一は彼のキスを受け入れてしまう。
妻の知佳子(咲妃みゆ)に浮気がばれず胸を撫で下ろした恭一だが、その後も浮気相手の瑠璃子(小原徳子)との逢瀬は続く。だがある日、恭一は知佳子から突然「好きな人ができた」と別れを切り出される。
突然一人になってしまった恭一。その隙を狙い、今ヶ瀬が恭一の部屋に転がり込み、二人の同居生活が始まる。次第に今ヶ瀬との暮らしに心地よさを感じ始める恭一。一方の今ヶ瀬は恭一の行動が気になって仕方ない。恭一の昔の恋人、夏生(佐藤ほなみ)や、恭一の会社の後輩たまき(吉田志織)の存在が二人の関係を変化させていく。
学生時代は「流され侍」とあだ名をつけられるほど受け身で優柔不断な男、恭一。だが、彼が放つそこはかとない色気は不思議と人を惹き付けてしまう。そんな恭一を今ヶ瀬は一途に愛し続けるのだけれど、まるでRPGのように次々に恭一を狙う女性たちが登場するのだ。女性たちとの関係を疑う今ヶ瀬は恭一の携帯を盗み見し嫉妬に苛まれる、その度に二人は激しく言い争い、また二人の生活に戻る。
自分を好きになる女性と流されるまま付き合ってきた恭一には、今ヶ瀬の一途な愛が理解できず、今ヶ瀬を大切に想う感情が芽生えても、素直に受け入れられない。
一方の今ヶ瀬は、次々に現れる恋敵との戦いに疲弊しつつも、恭一から離れらない。幸せな時間を共有しながら、時には苛立ちをぶつけ、罵り合う。その瞬間の積み重ね、お互いに向き合うことが絆を作り、強くする。それは同性愛、異性愛にかかわりなく、ただただシンプルに「愛する人」との関係なのだ。飾りは何も要らない。
愛のエッセンシャルな部分を抽出して凝縮したからこそ、本作はピュアチョコレートのような、混じりけのないラブストーリーなのだ。
主演の二人、恭一役の大倉忠義は彼自身のソフトな雰囲気が、優柔不断なダメ男だがたまらない可愛げがある恭一と絶妙にマッチしている。
人を本気で愛したことがない恭一が、今ヶ瀬の一途な想いにより劇的じゃないのだけど、ほんとに少しずつ変化していくさまを、リアルに演じている。
今ヶ瀬を演じた成田凌は、彼以外に今ヶ瀬は考えられないほど素晴らしい。いとおしそうに見つめる目、嫉妬に苦悶する表情、欲望に濡れる瞳ーー、恋する人間の複雑な感情を演じきり、俳優としての才能を遺憾無く発揮している。
恭一を取り巻く女性たちには、元カノ、夏生に「ゲスの極み乙女。」のほな・いこかとしてドラムスを担当し、女優としても活動する、さとうほなみ。恭一に好意を抱く部下、たまきには『チワワちゃん』(19)でチワワちゃんを演じた吉田志織。恭一の浮気相手の瑠璃子には、グラビアから映画作品まで幅広く活躍する小原徳子。恭一の元妻、知佳子には数々の舞台で活躍する咲妃みゆ、と様々なジャンルの女優たちが名を連ねた。
苦くて苦くて少しだけ甘い、あの感情を、恋を忘れた心にもひととき思い出させてくれる美しいラブストーリーがまた一つ誕生した。
文 小林サク
『窮鼠はチーズの夢を見る』
配給:ファントム・フィルム
©水城せとな・小学館/映画「窮鼠はチーズの夢を見る」製作委員会
9/11(金)TOHOシネマズ 日比谷他全国公開