それぞれの人生よ、その歓びよ『ラストノート 名もなき者たちの歌』レビュー


今は亡き演出家の三回忌に集まった「劇団石神井電気缶」の元劇団員たち。公演がかなわなかったチェーホフの舞台劇「かもめ」についてとめどない話をするうちメンバーの一人が欠席していることに気付く。しかし「オザワ」という名前以外、当の彼女についてなかなか思い出すことができない。それぞれがもつ断片的な記憶から彼女・オザワミチル(Sufa)が劇団で過ごした日々が次第に蘇るが、それは劇団員たちに波紋を広げる事となる。

劇団の中心だった演出家を偲んで久しぶりに顔を合わせた元劇団員たち。世代は様々だがお互い旧知の仲で、和やかに会話は進んでゆく。演出家の最期、それぞれの現状、上演が出来なかった「かもめ」の話…そしてそこでようやく違和感に気付く。「誰か一人足りない」と。名前以外は誰もが思い出せない人物…まるでホラー映画のような展開だけれど、その理由はあまりにあっけない。「オザワミチル」は存在感が無く突出した才能や魅力もない、地味で未熟な劇団員に過ぎず、誰の記憶にもぼんやりとしか残っていなかったのだ。突如としてオザワミチルを思い出した劇団員たちは沸き立ち、それぞれのもつ彼女の断片的な記憶を披露し合い、繋ぎ合わせて彼女について勝手放題に話し合う。そんな仲間達のやりとりをまどか(水津亜子)は苦々しい想いで聞いていた。まどかは唯一オザワミチルと親しくしており、まどかが知る彼女は彼らが邪推するような人物とは全く異なっていたからだ。意を決したまどかは、オザワミチルの素顔について皆に語り出す。

「少人数の劇団で誰か一人を思い出せないなんて、そんな事あるわけない」もしそんな風に思ったとして、これまで関わった人全てに自分がきちんと記憶されていると自信をもって言えるだろうか。
人間的な魅力に溢れる、自己主張が強い、キャラクターが強烈、カリスマ的な存在感がある…そんな人物でもない限り「そう言えばそんな人がいたっけ」という程度の認識に過ぎないかもしれない。
どんなに努力をしても、内に熱い情熱を秘めていても評価のフィルターに引っかからない人は「アピール不足」、「目立たない」そんな風にジャッジされてしまうことだってある。それは単に、周囲が彼女の長所を敢えて見ようとしなかっただけだとしても。

本作では演出家とオザワミチル、二人の人物の不在について語られる。一方は登場人物たちにとって重要で思い出深い存在として、もう一方は断片的で取るに足らない記憶の中の存在として。
しかし、まどかの口から生き生きと語られるオザワミチルには彼女だけの人生があった。彼女は芝居を愛し舞台に上がることを夢見て努力をひたむきに続けていた。決して主役にはなれない、思い出してももらえない人たちにもそれぞれの想いが、夢が、人生が鮮やかに息づいている。誰の人生が主役で誰の人生が脇役かなど、他人に判断する資格なんかはないのだ。

本作のキーパーソンは、ミステリアスな存在にされかけたオザワミチルを現実に引き戻してくれた、まどかだ。オザワミチルのために憤り、言葉を発し、彼女の真実を伝えてくれる存在。そんな人が例えたった一人でもいてくれたら、どんなに大きな救いになるだろうか、そう思わずにはいられなかった。

本作は『CODE-D 魔女たちの消えた家』(22)、『シュナイドマンの憂鬱』(24)などを手がけた映画監督・俳優の古本恭一が監督を務め、古本監督自ら全編iPhoneで撮影したドキュメンタリータッチの作品となっている。キャストは『骨なし灯籠』(25)のたむらもとこ、『「CODE-D 魔女たちの消えた家』(22)などに出演し脚本も手がける水津亜子、『メモリードア』(21)の小林萌夏のほか、モデル・俳優として活躍するSufaが謎の人物オザワミチルを演じている。

文 小林サク

『ラストノート 名もなき者たちの歌』
キャスト:たむらもとこ/水津亜子/小林萌夏/Sufa/千咲としえ/春名海咲/ショウジ/小池首領/黑田剛/齋藤舞華/齋藤忍/浜田瞳/南久松真奈/小林康雄/古本恭一 監督:古本恭一
池袋シネマ・ロサにて2026年1月10日(金)〜1月23日(金)2週間限定上映

記事が気に入ったらいいね !
最新情報をお届け!

最新情報をTwitter で