一冊の本が誘うパラレルワールドへの旅路『架空書影。』レビュー


暑い。毎日が物凄く暑い。纏わりつくような暑さから逃れたい時は、どこかひんやりした不思議な世界を映画で覗き見してみるのはどうだろうか。

『あらののはて』(21)、『瞬きまで』(23)の長谷川朋史監督が手掛けた『架空書影。』は架空の小説を巡る2つの物語からなるオムニバス映画だ。

第1話「書架の物語」
ある高校。生徒会長の健一郎(井上遥)は図書館でミステリアスな少女、ツムギ(峰平朔良)と出会う。「本が禁止された未来の世界から来た」と言うツムギの言葉を冗談と受け流す健一郎だが、彼女に心を惹かれた。生徒会室に戻った健一郎は書記の睦月(高倉菫)からツムギは学校の生徒でないと聞かされる。
さらにツムギが学校司書の早川(桜望華奈)と共謀し、学校の蔵書を盗み出すつもりだと知り阻止しようとする。

第2話「埋めてくる」
謎に包まれた人気小説家、鬼山の連載小説『森のなか』が最終話を迎えようとしていた。ところが締め切り前だと言うのに、鬼山と全く連絡がつかない。担当編集者の秀太(笹生翔也)が鬼山のアトリエに駆けつけると鬼山が亡くなっており、近くに人気女優の戌井マリ(峰平朔良)が監禁されていた。鬼山の死を隠したいマリは、友人の遊助(高橋雄佑)から聞いた「絶対に見つからない場所」に死体を埋めようと秀太とともに出発する。

どちらの物語も小説がストーリーの鍵となっている。第1話の「書架の物語」では生徒会長の健一郎は全く本に興味がないのだが、本を愛する少女ツムギに話を合わせるため、サリンジャーが好きなふりをしてしまう。ほろ甘い余韻を噛み締めていた健一郎はツムギが学校の生徒ではないという衝撃的な事実を耳にする。未来から来たとうそぶく彼女の目的は何なのか、本当に早川と共に蔵書を盗み出すつもりなのだろうか?夏の放課後、ミステリアスな女子生徒、タイムトラベルと短編ながら青春SFの要素がふんだんに盛り込まれており心が騒ぐ。ある意外な人物が特命を帯びているというのも面白い。

第2話の「埋めてくる」は一転してブラックなストーリーが繰り広げられる。小説家の鬼山に監禁されていたマリは事態を公にすることを望まず、鬼山の死体を秘密の場所に埋めるよう編集者の秀太に持ちかける。
マリの大胆不敵さに驚きつつ、すんなり申し出を受け入れる秀太にも突っ込みを入れたくなってしまうが、次第に不可解な展開に引き込まれてゆく。何故マリは鬼山に監禁されていたのか、鬼山の死体を隠そうとする理由は何なのか、そしてマリの友人・遊助とは一体どういう人物なのかーー。
秘密の土地に着いた2人は穴を掘り、ついに鬼山の死体が埋められる時、真実が明らかになる。思いも寄らない結末に魅了されることは間違いないだろう。

2つの物語に共通するのは謎が謎を呼ぶミステリーと、淡々とした登場人物が織りなす低体温の世界観(段々癖になる)、そしてラストシーンで爆発する内に秘めた情熱だ。ツムギが健一郎へある願いを伝える場面では彼女の本への限りない愛情が、マリが小説の原稿を取り戻そうとする場面では自分の世界を守ろうとする意志が、強いエネルギーとなりほとばしる。本は本であるだけではなく、時に人生を変える力をもつもの。本を巡る2つの不思議な物語は観る人をひととき、涼やかな木陰へと連れ出してくれる。

キャストには『MOON and GOLDFISH』(23)の峰平朔良が2話とも主演を務め、第1話ではツムギ、第2話でマリを演じている。謎めいた美しい女性というキャラクターを演じ分けており、2人のヒロインの雰囲気は全く違ったものになっている。
第1話「書架の物語」の生徒会長、健一郎役にはTBSドラマ『下剋上球児』(23)の井上遥、書記の睦月役にはYouTubeやTikTokを中心に人気を集めるバスケットボール女子インフルエンサー、“すみぽん”こと高倉菫。第2話「埋めてくる」では編集者・秀太役に本話のプロデュースも務めた笹生翔也、マリの友人・遊助役に『初めての女』(24)の高橋雄佑など新進の若手俳優たちが顔を揃えている。

文 小林サク

『架空書影。』
キャスト: 峰平朔良,井上 遥,すみぽん(高倉 菫),髙橋雄祐,笹生翔也,森田雅之,桜望華奈,新門岳大,前塚彩結
監督・脚本:長谷川朋史
配給/ MomentumLabo. 長谷川朋史   
©︎ソフィアコレクション・ルーツシネマ・長谷川朋史
2025年7月26日(土)〜8月8日(金) 池袋シネマ・ロサにてレイトショー公開

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