いつものあの道で、宝物に出会った『ルート29』レビュー


監督デビュー作『こちらあみ子』(22)で第27回新藤兼人賞金賞ほか、数々の賞を受賞した森井勇佑監督が綾瀬はるかを主演に迎える新作は詩人・中尾太一の詩集「ルート29、解放」(書肆子午線刊)にインスパイアされたロードムービーだ。舞台となるのは兵庫県姫路市と鳥取県鳥取市を結ぶ国道29号線だ。総延長118.6㎞のこの道を森井監督は実際に旅しながら脚本を執筆したという。鳥取県は中尾太一の出身地でもあり、中尾氏の詩の世界の源泉を垣間見ることも出来る。

鳥取の町で清掃員として働くのり子(綾瀬はるか)は他人と交わることが苦手な、いつも一人ぼっちの女性だ。
ある日、仕事で訪れた病院で入院患者の理映子(市川実日子)から「姫路にいる私の娘をここに連れてきて欲しい」と頼まれる。突然の申し出を受け入れたのり子はひとり、姫路へと向かう。写真を頼りにようやく見つけた少女・ハル(大沢一菜)は、林の中に秘密基地を作って遊ぶような独特の雰囲気をまとった女の子だった。ハルに理映子の願いを伝え、二人はワゴン車に乗り込み国道29号線を一路鳥取へと向かう。それは、美しく不思議な旅の始まりだったー。

他人との関わりを避け息をひそめて生きてきたのり子にとって、この旅は初めての大冒険だった。旅のパートナー・ハルは無愛想なようでいて、初対面ののり子に「トンボ」というあだ名をつけてくれた。どうやらのり子のことを気に入ったようだ。車であれば数時間の旅路のはずが、トラブルに巻き込まれた二人は国道29号線をひたすら歩くことになってしまう。
その道中、二人の前には日常からかけ離れた不思議な人々が次々と現れる。夜のドライブインで出会ったのは二匹の犬を連れた赤い服の女(伊佐山ひろ子)。失踪したもう一匹の犬を探しているという女は二人にもう一匹を探すように頼む。翌日、二人が国道29号線を歩いていると道の真ん中にひっくり返った車を見つけた。ドアを開けると、おじいさん(大西力)が座っているが声をかけても何も答えない。だが二人が歩き出すとおじいさんは黙って後をついてきた。
トンネルを避けて分け行った森の中では旅をする父親(高良健吾)と息子(原田琥之佑)に出会う。人間の社会を嫌う父親はそこから逃れるため、息子と旅を続けているらしい。

みんな一見普通だけど、どこか変でつかみどころがない。ちょっと不気味でほんのり怖いのだけれど、憎めなさもある不思議なキャラクターばかりだ。久しぶりに会ったのり子の姉・亜矢子(河井青葉)や、ハルが立ち寄る時計屋のおばあさん(渡辺美佐子)など街中で出会う人たちも妖しい存在感を漂わせており、心がざわめく。それは普段街を歩いている時、陽が差す大通りからふと横の路地を眺めると、そのひんやりとした薄暗さにドキッとするのに少し似ている。日常と表裏一体で存在する非日常が次第に濃くなり、ふたつはいつの間にか融合してゆく。

のり子の生い立ちやハルと理映子の関係、不思議なキャラクターたちのこと、登場人物の背景について多くが語られることはない。また二人がそれらを善か悪か、光か闇か、正か死かと断定することもない。「なぜ」や「どうして」という追及はせず、混迷する世界を尻目に国道29号線を淡々と歩いてゆくのり子とハルの姿は、聖地を目指す巡礼のようにも見えてくる。

本作の静謐で幻想的な映像と少ない台詞、森や湖など自然を背景にした場面はまるでヨーロッパの寓話を観ているかのような錯覚を覚えるのだけれど、ここは国道29号線、ふだんは姫路と鳥取を繋ぐありふれた国道だ。そう、「ありふれた国道」だけれど、普段私達が感じている感覚や世界にはもしかしたら全く違った見方や知らない魅力、別の世界が存在しているのかもしれない。ありふれた場所も誰かにとっては特別で魔法のような場所なのかもしれない。そう信じられる余地とインスピレーションをこの作品は与えてくれるのだ。カラカラに乾いていたのり子の心はたくさんの出会いと感情を経験し、草木が水を吸収するように息を吹き返してゆく。ラストシーン近く、鳥取砂丘に並んで座り青く広い海を前にする二人の目には何が映るのだろうか。

のり子は孤独で寡黙な女性だが、綾瀬はるかの天性の魅力によりエターナルなイノセンスとひたむきさをもつ稀有なヒロインとなっている。ハルを演じたのは『こちらあみ子』(22)で主演を務め、森井監督作品には2作品続けての出演となる大沢一菜。自由だけど大人びていて、関わる人に優しさを忘れないハルを力強く演じている。
他キャストも実力派揃いで、ハルの母・理映子に市川実日子、犬を連れた赤い服の女に伊佐山ひろ子、旅する父子の父親役に高良健吾、のり子の姉・亜矢子に河井青葉、時計屋のおばあさんに渡辺美佐子と、それぞれに不思議な驚きに満ちた世界を楽しそうに演じている。
そして何より舞台となった国道29号線沿いの数々の景色が幻想的で懐かしい空気感を醸し出し、郷愁を誘う。森や湖や牧場、小学校や商店街、そして海と砂丘…。記憶の中に眠る優しい光景をこの作品はそっと呼び起こしてくれる。

何も決めず、何も考えず、ルート29の旅に身を委ねよう。道はきっとどこかに繋がっている。

文 小林サク

『ルート29』
キャスト:綾瀬はるか 大沢一菜 伊佐山ひろ子 高良健吾 原田琥之佑 大西力 松浦伸也 /河井青葉 渡辺美佐子/市川実日子
監督・脚本:森井勇祐
原作:中尾太一「ルート29、解放」(書肆子午線刊)
配給:東京テアトル リトルモア
©2024「ルート29」製作委員会
2024年11月8日(金)TOHOシネマズ日比谷ほか全国公開

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