奇跡を起こした371日!『侍タイムスリッパー』池袋シネマ・ロサ最終上映舞台挨拶
すべてはここからはじまった。
『侍タイムスリッパー』が池袋シネマ・ロサでの最終上映となる2025年8月22日に山口馬木也、冨家ノリマサ、沙倉ゆうの、庄野﨑謙、井上肇、安藤彰則、神原弘之、安田淳一監督が舞台挨拶に登壇。
映画『侍タイムスリッパ―』略して「侍タイ」は、2024年8月17日にインディーズ映画の聖地である池袋シネマ・ロサ1館で公開がスタート。笑って泣いて、エンドロールでは温かい拍手が自然とはじまる一体感が評判を呼び、9月4日には拡大公開が決定。日本映画史において稀にみるスピードで広がり、380館以上の映画館で上映となった。
流行語大賞のノミネートや、数々の映画賞を総なめにした空前の「侍タイ」ブームを巻き起こし、インディーズ映画では異例となる「第48回日本アカデミー賞」にて最優秀作品賞を受賞。公開から1年経たずに「金曜ロードショー」にて地上波初放送(7月18日)、作画担当をファンの中から選出したコミカライズの発表、宝塚での舞台化など、今後の様々な展開が明らかになっている本作の上映も1年も越え、同館での連続上映最長記録「371日」という偉業を成し遂げた。
フォトスポットとして親しまれてきた劇場前の看板も直前まで写真を撮るファンたちで賑わい、とうとう役目を終えた。今回の舞台挨拶もチケット発売後に争奪戦となり即ソールドアウト。エンドロールがはじまると手拍子と拍手が最後まで続いた。
印象に残ったことを聞かれると、斬られ役の神原は「僕がここにいることもそうなんですけど、映画がすごいことになっているという印象。いろんな奇跡が起きた」と話し、斬られ役の安藤も「この1年、あたり前ではないことがあたり前のようにあって。371日経ってもお客さんに拍手で迎えていただけたことは本当にすごい作品だなと思います。劇場のご厚意で昨年ひとりで舞台挨拶をさせていただいて。いい印象に残ってますね。井上肇先輩と2人での舞台挨拶もやらせていただいて」と振り返った。
「いちばん感動したのは初日ですね」と話しはじめたのは所長役の井上。続けて「舞台挨拶の前に舞台袖でスタンバイしていると、お客さんがエンドロールで拍手をしていて。僕が昔観た『ジョーズ』以来、拍手が起きたことが印象的」とコメント。「要約すると、スピルバーグと並んだということで(笑)」と安田監督がかぶせた。山形彦九郎役の庄野﨑は「(舞台挨拶での)監督の無茶ぶりが日に日にエスカレートしていき、それに応えようと必死に必死にやった日は忘れられない」と役者としてではない部分でも鍛えられたことを告白。
「本当にたくさんあるんですけど、全国拡大公開が決まった時の(壇上での)報告。みなさんがすごく喜んで、おめでとう!と迎えてくれたのがいちばん嬉しくて印象に残っています。もちろん日本アカデミー賞の最優秀作品賞をいただいて帰ってきた時も、みんなが泣いて喜んでくれたことが印象に残っています」と話すのは、何十回もこの場に登壇してはうれし涙を見せてきた助監督・優子役の沙倉。
風見恭一郎役の冨家は「僕も井上さんと同じで、初日に舞台袖で待っていた時に、お客さんに拍手をしていただいて裏で泣いていたのを思い出します。いちばん印象に残っているのは、隣にいるマッキー(山口)と撮影現場で初めて会った時に、絶対いい作品になるって確信したんです。公開から1年、このような形になって、素晴らしい作品、素晴らしい監督、素晴らしい共演者と1年間走り続けてきたことが僕の中では嬉しく、奇跡のような1年でした」と感慨深く語った。
高坂新左衛門を演じた山口は「“たった1館から”と今となっては言われてしまいますが、その1館にロサさんが手を挙げてくれた時は嬉しかったです」と上映が決まった時の喜びを披露し、「(初日に舞台袖で)本当に刺さるような拍手が裏にも聞こえてきた瞬間は嬉しかった。今日も僕らが控えているところまで届くことをわかって、拍手をしてくださってるのかなと思いながら……ごめんなさい、今日は泣くつもりじゃなかったんです。本当に嬉しかったです。ありがとうございました」と男泣き。映画初主演作である本作で「第37回日刊スポーツ映画大賞・石原裕次郎賞」にて主演男優賞を受賞し「第48回日本アカデミー賞」でも優秀主演男優賞に輝いた。
安田監督は「はじめはキャスト・スタッフと小さな旅がはじまって。シネマ・ロサさんやお客様を含めて、どんどんいろんな方が物語に参加してくださって。素晴らしい一区切りを今日迎えることができていると実感しています。本当にいつかドラマ化してほしいなと思っていて、最後に日本アカデミー賞最優秀作品賞という嘘みたいなオチもついた」とサクセスストーリーのドラマ化を熱望。さらには「僕やキャストをめぐる環境が変わってきまして。僕は独学で映画を勉強してきたんですけど、すぐそばで山田洋次監督がいろんなことを教えてくださるようになって。僕にはじめて先生ができて、それが山田洋次監督という嘘みたいな状況で」と大御所から目をかけられるようになったことを明かした。
なぜか『国宝』について安田監督が語り出してしまい、「時間がないからあんまりベラベラ喋ってられないんですよ。冨家さんと山口さんがイチャイチャしていればいいんですよ!」と自ら軌道修正する一幕も。
冨家が「みなさんに宣伝してもらうことが頼りですって1年前に言っていて。最初の頃は“侍タイサポーター”と呼んでいて、それがいつの間にか“侍タイファミリー”に変化して。本当に応援してくださった方々のおかげでここまで来れたので、感謝しかないよね」と山口に投げかけ、「そうですね、映画が完成した後にいろんなものが乗っかって『侍タイムスリッパー』という映画ができたように思うんです。それは監督が身銭を切ったことや、たった1館ではじまったこと、お客様のクチコミで広がったこと、その全ての力がこの映画に向かって1つの作品になってると思います。この映画で経験したことがこれからの役者人生ですごく指針になると思っていて。本当に目に見えない力を感じて、こういうものがいちばん大切だなと実感したんです。これを自分の軸にして、自分の思う俳優というものを目指したい。本当にみなさんには感謝してもしきれません。本当にありがとうございます」と山口も謝辞を述べた。
安田監督は「舞台挨拶のたびにお客様の顔を見ると、多幸感にあふれたお顔をみんなされていて。こういう顔になってもらえるような映画を僕は作らなあかんなということをいつも感じていたんですよ。最近、沙倉ゆうのが写真集を出して。ちょっと宣伝しとき」と話を変えて振ると「自主出版で。撮ったのは安田監督で144ページで分厚いです」と2冊目の写真集を出したばかりの沙倉がちゃっかり告知。
庄野崎は「1年前の自分は1年後ここに立っているなんて想像もつかなかったです。それを生んでくださった監督に感謝したいなって思ってます。本当にありがとうございました」と安田監督に向けてお礼を伝え、井上は「社会現象を見させてもらった。それに僕が携われたことは本当に役者人生の中でももう無いかもしれないですね。そのくらいの宝だと思ってます。日本映画の代表として、何十年も観てもらえる作品になったと思っています」と作品の存在価値を改めて感じているようす。
全国各地で舞台挨拶を100回以上実施し、ファンとの交流を大事にしてきたことも根強く愛されている理由のひとつ。50回以上鑑賞している方は無数におり、なかには230回以上観たという猛者もいるほど。“侍タイファミリー”と呼ばれるファンたちは、本作にとって欠かせない存在。「本当にみなさんの顔を見てるとですね。名残惜しいです。もう2度と会えないかと思うと(笑)顔を覚えてしまいました」と笑いを交えて客席を見渡した安田監督。
観客とともに「仰げば尊し」を合唱し、冨家と山口が「俺たちの思いも、この『侍タイ』も、いつか忘れ去らる日が来るだろう」「だが、今日がその日ではない」と劇中の名シーンを再現。すすり泣く声とともに割れんばかりの大きな拍手を受け、山口は武士らしく感謝の座礼。
「本当にたくさんのみなさんに、大切に思ってもらえる、愛してもらえる作品になるなんて思ってもいませんでした。ずっと私たちと一緒にいてくださって、本当にどうもありがとうございました!」と、ありったけの思いを述べた沙倉は、撮影現場でも実際に助監督をやっていたが、安田作品の看板女優として3作品ともにヒロインで出演し、20年近く二人三脚で歩んできた。表でも裏でもいつも笑顔で支え続ける立役者が締めくくり、作品同様に泣き笑いの末に晴れやかな形で幕を閉じた。
舞台挨拶終了後、誰もいなくなった客席にキャストと監督が座って思いを馳せ、本作が1日も休むことなく371日間も上映されていた奇跡の地との別れを惜しんだ。
だが、今日がその日ではない。
取材・撮影 南野こずえ