役者、33歳。夢と現実の狭間で『エイタロウ』レビュー
鹿児島県で暮らす33歳のエイタロウ(德田英太郎)はビール会社の契約社員として働きながら役者をしている。地方での役者活動に限界を感じているが、既に家庭があり若さも自信もない、上京など大それたことに踏み出せるはずがなく焦燥に駆られる日々を過ごしている。
かつての恋人との再会や職場環境の変化、妻からの告白などエイタロウの心を大きく揺さぶる出来事が重なり、今後の人生の決断を迫られることとなる。葛藤するエイタロウだが、その目前には大切な人から託された舞台の上演が迫っていた。
長く役者を続けてきたエイタロウは地元での人脈や芸能活動をそれなりに保ってきたが、役者一本で食べていけるには遠く及ばない。「俺はこんなもんじゃない!」そんな強気な思いとは裏腹に、がむしゃらに挑戦するような勇気も若さもない。しかしどうしても役者を諦めきれず、理想と現実の狭間で揺れ動く日々を過ごしていた。
そんなエイタロウの前に、過去に3回付き合い3回別れた恋人キョウコ(平岡京子)が姿を現す。エイタロウに役者を極めて欲しいと願うキョウコは彼女特有の強烈なやり方でエイタロウを焚き付ける。一方、元役者である妻サキナ(春田早希奈)からは二人目の子供を望んでいることを告げられる。さらに職場では正社員での採用を打診されるものの、趣味の芝居は控えるようにと言われてしまう。
中途半端なまま夢を諦められない、その何と苦しいことか。もし役者をすっぱり諦められたらどんなに楽か。住み慣れた鹿児島で正社員になり、妻子と穏やかに暮らせばいい。たまに趣味程度で役者をやってもいいだろう。
または反対に安定を捨て、妻を説得し遅まきながら上京するのはどうだろう。アルバイトをしながらオーディションを受け、数多くのチャンスがある東京で覚悟を決めて役者をするのだ。
だがエイタロウにはどちらも選べない。それはどちらを選んでも何かを失ってしまうからだ。全てを手に入れることは出来ない、けれど何かを捨て去ることも出来ない。その苦しみがいつもエイタロウに付き纏うのだ。苦悩を深めたエイタロウは大切な地元の役者仲間との関係も悪化させてしまう。万事休すと思われた中、新たな道筋を照らしたのもまた芝居だった。かつての恩師の娘カオル(青川穂美里)がエイタロウの前に現れ、彼女の導きによりある戯曲を上演することになるのだが、エイタロウはそれを役者人生の集大成として演じようと決意する。
夢をもつのは素晴らしい、それは生きる希望と糧になる。しかし一方で、夢は時に人に取り憑き疲弊させ、叶えられない人生が失敗であるかのように思わせる。エイタロウが感じる焦燥感、苛立ち、不安は夢をもつ人間には無関係ではいられないのだ。彼の姿に多くの人が自分自身を重ね合わせるだろう。
本作は鹿児島県でオールロケを敢行し、鹿児島で活動する役者、德田英太郎の半生に基づいたフィクションとして制作された。本人が主人公エイタロウを演じ、共演に地元在住のキャストのみを起用している。フィナーレの劇中舞台劇の撮影には、延べ500人ものエキストラが観客役として参加している。ドキュメンタリー映画『西原村』(18)の監督、久保理茎が長編映画初メガホンを取った。
何かを捨てる決断だけが夢に対する正解じゃないんだ。中途半端なんじゃない、バランスなんだ。どんな場所にいても、どんな仕事に就いていても、俺なりの形で夢にアプローチしたっていいじゃねえか!
もがきながら戦い続けるエイタロウが、そう言っている気がした。
文 小林サク
『エイタロウ』 (131分)
キャスト:德田英太郎 春田早希奈 平岡京子 小松蓮 宮内尚起 花牟礼宏紀 児玉俊和 青川穂美里 茂谷侑和 門間ゆきの 宇都大作
監督:久保理茎
配給:ガスコイン・エイシア
(C)ガスコイン・エイシア
10月4日(土)より池袋シネマ・ロサほか全国順次公開
公式サイト:https://sites.google.com/view/eitaro2024