私と、彼女と、世界の物語『ブラックホールに願いを!』レビュー


西暦2036年。
緊張する場面で声が出なくなってしまう「場面緘黙症」を抱える伊勢田みゆき(米澤成美)は、人工ブラックホールの研究を行う人工縮退研究所の総務部で働いていた。みゆきは准教授・吉住あおい(吉見茉莉奈)に憧れており、彼女と友達になりたいと願っていたが一向に距離を縮められずにいた。

ある日、同研究所の赤城容子教授=通称・悪魔博士(鳥居みゆき)が見えない時間の壁「ボブル空間」を作り出し3時間後に時間犯罪を起こして人類に復讐することを予告。研究所もほとんどがボブル空間に飲み込まれ動きを止める中、たまたま無事だったみゆきは吉住がボブル空間に囚われたことを知り、山之辺准教授(斎藤陸)や吉住研究室の面々と共に吉住を救出することを決意する。

第38回ぴあフィルムフェスティバル入選作品『限界突破応援団』(15)、北九州市のローカルヒーロー・キタキュウマンのPV『Hey!!北九州』(18)などを手がけてきた映像制作者集団・STUDIO MOVESの第一回長編映画作品で、人工ブラックホールテロによって引き起こされる時間犯罪テロを描く本作は『クローズZERO』(07)などで知られる三池崇史監督が主催する企画コンペ「カチンコProject」にて優秀企画賞を受賞し、8年の製作期間を経て完成した。

「こんな作品、観たことない!」それが率直な感想だった。人工的に作られたブラックホールが生み出す時間の流れを極端に遅くする「ボブル空間」を使った犯罪という奇想天外にも思えるストーリーだが、鑑賞する内にどんどん引き込まれてゆく。主人公は幼少期から他人とのコミニュケーションに問題を抱える伊勢田みゆき。場面緘黙症のため自分の意思をうまく伝えられず、周囲に対して壁を作り自分の殻に閉じこもっていた。そんなみゆきが初めて友達になりたいと思った吉住は人工ブラックホール研究のエースである若手准教授だ。赤城教授が起こしたテロにより、世界はボブル空間に飲み込まれ、吉住もボブル空間に取り残されてしまうが、みゆきが吉住の救出に加わることを決めたのは「友達になりたい吉住を救いたい」という自分都合の理由だけだった。

山之辺や研究所の面々と吉住の救出に奮闘する内、みゆきの気持ちには次第に変化が芽生え始めていたが、ある決定的な出来事が起こりみゆきは自身の価値観を激しく揺さぶられることとなる。

他人を表面だけで決めつけていなかったか。分かり合えないからとコミニュケーションを拒否していなかったか。他人を知ろうとしていなかったのではないかーー?自分の世界に生きるみゆきは吉住だけを受け入れようとしていたが、吉住を受け入れることは彼女が関わる世界も含め受け入れることだったのだ。それに気づいたみゆきは、吉住と彼女が生きる世界を救うため再び大きな決断をする。

難解な物理学と壮大なSFテーマに目を奪われがちだが、核となるのは「私と世界」という非常にパーソナルな物語だ。自分のことしか考えられなかったみゆきが困難を糧に次第に成長していき、みゆきに寄り添い理解しようとする吉住との交流はシスターフッドともいうべき連帯感が溢れている。
「世界」の部分を担う映像部分も非常に興味深く、ユネスコの世界文化遺産に登録されている端島(軍艦島)や、最先端の大型粒子加速器を有する高エネルギー加速器研究機構(KEK)で撮影を行い、ボブル空間により荒廃した世界や、人工ブラックホールに生々しいリアリティを与えている。

『つむぎのラジオ』(16)の米澤成美が他人との関わりに悩む伊勢田みゆき役、『センターライン』(18)の吉見茉莉奈が凛々しく強い吉住准教授役で主演を務めた。吉住を慕う山之辺准教授には『河童の女』(20)の斎藤陸、とぼけた味わいの星教授には『カメラを止めるな!』(18)の濱津隆之、お笑い芸人の鳥居みゆきが悪魔博士・赤城教授役を演じた。『シン・ゴジラ』(16)など数々の特撮作品に携わってきた渡邉聡が長編映画初監督を務めた。

“空想特撮映画”というジャンルに尻込みしないでほしい。壮大なSFテーマと同じように並び立つのは、人間同士の関わりと分断だ。世界が自分を拒否しているのか、それとも、自分が世界を拒否しているのか?深く考えさせられる作品だ。

文 小林サク


『ブラックホールに願いを!』(上映時間:116 分)
出演:⽶澤成美、吉⾒茉莉奈、斎藤陸、濱津隆之、キャッチャー中澤、ねりお弘晃、三輪江⼀、⼤沢真⼀郎、星能豊、⻑万部純、岡崎森⾺、浦⼭佳樹、⿃居みゆき、螢 雪次朗 監督・脚本・編集:渡邉聡 特技監督:⻘井泰輔
配給協力:Atemo 製作:STUDIO MOVES
©2025 STUDIO MOVES All Rights Reserved.
絶賛公開中!

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