自身の半生が描かれた映画『エイタロウ』主演・監督インタビュー
誰もが無名からはじまる世界で、地方で活動する無名役者の半生が描かれた映画が10月4日(土)より池袋シネマ・ロサにて公開を迎える。鹿児島でローカルに活動する德田英太郎が主演の『エイタロウ』。タイトルにも自身の名前が掲げられている本作について、主演の德田英太郎と久保理茎監督にお話をうかがった。
――初主演で自分の半生が描かれ、タイトルも自身の名前が掲げられた映画。
德田英太郎(以下:英太郎) この現実にずっと追いついていなかったんですよ。僕が主演で、タイトルも自分の名前で、僕の半生が描かれた映画。さらにはそれが東京と鹿児島で公開が決まっても実感がなく。これは普通に考えて、とんでもないことなんですよね。週末にロサさんに行ってチラシ配りをするようになってから、ようやく認識ができたという感覚なんです。実は(笑)
――偶然の再会で生まれた作品。
久保理茎監督(以下:久保監督) 以前面識のあった英太郎と、2023年に桜島フェリーの上で偶然再会したことがきっかけです。その時に近況を聞きながら、彼が役者を続けている理由を深く聞いて興味を持ちました。
人生でつまづいた時、誰か恩師ような人が後押ししてくれることで立ち直ることができるんだなと。そんな出会いがなければ人はなかなか這い上がってこれないことに気づいて、これは世界の片隅に生きる人たちに通じる普遍性を持つ物語になると思いました。オリジナリティも兼ね備えた作品になると直感し、まずは撮ろうとなりまして、クランクインではキャスト3名、スタッフ2名の5人でスタートしました。
――意外だったお互いの最初の印象。
久保監督 彼の演技をはじめて見たのは2020年なのですが、その時の印象として立ち姿が素敵だったんです。脇役なのに主役よりも際立っていて、その立ち姿に惚れました。
英太郎 最初の久保監督の印象は、とにかく胡散臭かったです(笑)映像に関わっていることは知っていましたが何をやっている人なのか謎で。怪しい人だなと思っていました。
――役者のスタートは、心理学。
英太郎 劇中でも描かれていますが、高校を中退してまして。その後、編入して大学に行き、臨床心理士を志していました。理由として、高校を退学した時に精神的に崩れてしまい、劇中に出てくる恩師の先生に救われました。先生がしてくれたことを僕も誰かにできないかと思い、臨床心理士になろうと思ったんです。
授業で「心理劇」という演劇を使う心理療法を知ったのですが、とても衝撃的で。その流れで演劇をはじめてみようと思ったことが役者のスタートですね。演劇サークルで活動しつつ、カウンセラーの資格を取るために大学院を目指していたのですが二浪してしまいまして。結局資格は取れなかったのですが、たまたま受けたオーディションに受かったこともあり、きちんと演劇をはじめることになりました。
28歳で子供ができて結婚しましたが、当時フリーターだったのでしっかり稼がないといけないという思いはありつつ、でも「30歳までは役者を続けたいです」と妻のご両親に話しました。しかしコロナが流行してしまい家族を安定的に養うため、ビール会社の契約社員として働きはじめました。役者を続けながら。
――エイタロウを演じる德田英太郎。
英太郎 本人役なので役作りという概念はなかったですが、とにかく「さらけ出す」の一言でそれがすべてですね。高校中退とその理由も事実ですし、恩師の存在も、ビール会社の契約社員も。さらには、妻役の春田早希奈は実生活でも夫婦なんです。子供や親族も出ていますね(笑)
――本作のキーパーソン、恩師について。
英太郎 劇中では亡くなったという設定ですが、実際は音信不通なんです。英語塾の先生でとにかく変な人でしたが、僕にとって唯一信じられる大人でした。でも車いす生活になり、ご家庭の事情でひとり暮らしになったりして、僕もお手伝いにたびたび訪れていたのですが、徐々に連絡を取らなくなってしまって。それから1年が過ぎた頃にアパートを訪ねたら引っ越してしまっていました。先生からなんの言葉もなかったのですが、なぜか僕もやんわりと探すことはしましたが、積極的に探すことを今までしてきませんでした。
――自主映画の撮影にエキストラ500人が協力。
久保監督 友人や知人などにとにかく呼びかけました。さらにはラジオや新聞にも取り上げていただき、「地方に生きる役者のリアルをど真ん中に据えた映画を作ります」ということを言いつづけて徐々に集まり、本作のクライマックスでもある大事なシーンを撮ることができました。関係者には「自主映画なのに鹿児島でこのエキストラの数は『海猿』以来の大ごとだな」と言われました。
――名だたる監督から届いた、応援コメント。
英太郎 周防正行監督、成島出監督、武正晴監督、足立紳監督という日本を代表する方々からの応援コメントはありがたかったです。僕がさらけ出したリアルな部分を魅力に思っていただけたことがとても嬉しかったですね。
久保監督 東京でプロデューサーをやっている時、僕の務めていた会社に『クライマーズハイ』の映画化について脚本を持ってきたことで成島出監督と出会い、武正晴監督とは『血と骨』で僕が助監督をしている時に知り合いました。足立紳監督と武監督とは、毎週のように3人でプロットを持ち寄ってはカフェで企画会議をしていた仲間でして(笑)当時、すでに足立さんが書いていたシナリオ『99円の恋』が、その後『百円の恋』としてヒットしました。周防正行監督は、鹿児島のバーで知り合いました。それらの経緯で今回コメントをいただくことができました。
――チラシはお手紙。チラシ配りを通して得られたもの。
久保監督 チラシ配りは、僕らからお客様へのお手紙だと思っています。会話が生まれたり、SNSで「チラシをもらって気になっています」という投稿を見かけて、クチコミってこういうことなんだなと嬉しく思っています。
英太郎 この映画が自分事になるまで、すごく時間がかかったんですけど、毎週末のようにロサさんに行ってチラシを配っている時が精神的にいちばん落ち着くんですよ。さらにはお客様から声をかけてもらえるのも本当にご褒美でしかないですね。
――注目ポイントは劇中劇の迫力と、本作で無名役者がチャンスをつかむ瞬間。
英太郎 作品の山場である劇中劇ですね。500人のエキストラの方々にご協力いただいたことによる迫力はスクリーンで観たいと自分でも思いましたね。
久保監督 地方に生きている役者さんの人間関係や葛藤を観てもらいたいです。名前のない役者はどこでチャンスを掴むのかと。どんな役者もみんな最初は無名なので、彼らがチャンスをつかむ瞬間を見届けて欲しいですし、地方役者の代名詞に『エイタロウ』という言葉が刻まれたらいいなと思っています。
――本作に込めた伝えたいこと。
久保監督 「ささやかな偶然が運命を変える」。偶然をどう受け止めて、自分の次の推進力にして行くか。悪いことにも必ず意味があって、それをいい方向に転換するには個人の力だったり、集団の力だったりするので『エイタロウ』に投影して、偶然や運命のとらえ方を考えてもらえたらいいですね。本当に苦しんでいる時こそ、禍福は糾える縄の如しだと思っています。
――これから観る方へのメッセージ。
英太郎 インディーズ映画であり地方の鹿児島で活動しているので、後ろ盾がないんです。でも、週末にロサさんに行ってチラシ配りをしているときに「観に行きます」と言っていただくことが多くて。ただの1枚の紙が、僕にとってはこの映画を通して出会った人たちなんです。半生をさらけ出していることを周囲からは心配されますが、僕にとっては恥ずかしいことではないですね。むしろ、高校を退学した時の方が恥ずかしいです(笑)ぜひ僕の半生のハダカを観に来てほしいので、まずはひとりでも多くの方に知っていただきたいです。
取材・撮影 南野こずえ
『エイタロウ』 (131分)
キャスト:德田英太郎 春田早希奈 平岡京子 小松蓮 宮内尚起 花牟礼宏紀 児玉俊和 青川穂美里 茂谷侑和 門間ゆきの 宇都大作
監督:久保理茎
配給:ガスコイン・エイシア
(C)ガスコイン・エイシア
10月4日(土)より池袋シネマ・ロサほか全国順次公開
公式サイト:https://sites.google.com/view/eitaro2024