どこにでもいる2人の、どこにもない物語『佐藤さんと佐藤さん』レビュー
明るく活発な佐藤サチ(岸井ゆきの)と、寡黙で真面目な佐藤タモツ(宮沢氷魚)は大学で出会い、正反対な性格ながら馬が合い自然な流れで付き合い始める。同棲生活を開始して5年後、タモツは弁護士を目指して司法試験を受けるも不合格が続いていた。タモツに寄り添い、応援するためにサチも司法試験に挑戦することになるが、結果はサチだけが合格してしまう。申し訳ない気持ちを抱くサチとプライドをずたずたに傷つけられたタモツ、そんな中サチの妊娠が発覚し2人は結婚する。サチは出産後弁護士として働きはじめたが、タモツは塾講師のアルバイトをしながら幼い息子の世話をし、勉強に集中できずにいた。それぞれに忙しい日々の中、少しずつ2人の関係に綻びが見え始めそれは次第に修復不可能なものとなっていく。
変わりたくない。自分は変わっていないはず。そう思っていても人は変わってゆく。大学時代、同じ場所で笑い合った2人は今では弁護士と主夫という全く違う立場。
外の世界で忙しく働き、アドレナリンが出たまま帰宅するサチはタモツに対し時に悪気なく無神経な言葉を放ってしまう。家事と育児、勉強を並行するタモツに対する気遣いのようでいながらどこか優越心も覗かせ、不本意ながら主夫をしているタモツの自尊心をチクチクと傷つける。
一方、息子の世話に忙殺され勉強もままならないタモツは、サチへの劣等感から感情を押し殺してしまう。だが、折に触れ我慢の限界が来てサチに対し爆発してしまう。不運が重なり試験に落ち続け、さらに自信を失うタモツだがあるきっかけで一人、しばらく実家に滞在することとなる。家族や地元の仲間の歓待にほだされたタモツは地元への定住を思い付くが、そんなタモツをサチは「逃げている」と突き放すのだった。
2人とも思いやりが足りない。そういうのは簡単だけれど、2人が特別なわけじゃない。
出産後に弁護士として働き勉強を続ける夫を支えることも、主夫として育児をしつつ司法試験にチャレンジし続けることもそれぞれに厳しく生半可じゃないのだ。見える世界はお互いに違うし、相手の立場に100%共感なんて出来ないし、愚痴や不満の一つだって言いたくなる。お互いを大切に思うからこそ、サチもタモツも必死に結婚生活を維持しようとする。しかしそれでも、すれ違い出した歯車は止まらないことがある…。
2人は一体どうしたら良かったのか。結婚しなければ良かった?サチが司法試験を受けなければ良かった?毎晩お互いの気持ちを語り合えば良かった?そんな仮定の話をしてもどうしようもない。なぜならこれはこの2人にしか歩めない夫婦の物語だったのだから。
サチの元へ離婚相談に訪れる後輩の篠田麻(藤原さくら)にも、サチの同僚の男性の妻とのエピソードにもそれぞれの夫婦の物語があり、他人が決めつけたり判断することなんて出来ないのだ。
ただ思うのは、例え最初から同じ苗字の2人であっても、結婚しても何も変わらないと自信があっても、他人同士が家族になる難しさと、だからこそのかけがえなさだ。
誰かと一緒にいるのは簡単じゃない。それを維持しようとする努力も、それに敗れたとしても、嫌いになったり憎んだり未練を残し別れても、どのストーリーにもきっと正解なんてないのだろう。
キャストは『ケイコ 耳を澄ませて』(22)で第46回日本アカデミー賞最優秀主演女優賞をはじめ多くの映画賞を受賞し、数々の映画、ドラマで活躍する岸井ゆきのと、『エゴイスト』(23)で第16回アジア・フィルム・アワードで最優秀助演男優賞を受賞し、今年は大河ドラマ『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』(25/NHK)にも出演した宮沢氷魚という人気俳優2人が夫婦役で初共演した。他、藤原さくら、三浦獠太、佐々木希、田島令子、ベンガルなど、多彩なキャストが顔を揃える。『ミセス・ノイズィ』(19)の天野千尋監督がメガホンをとった。
どこまでもリアルで、どこまでもヒリヒリとした2人の15年の記録。結婚していてもしていなくても、誰かと一緒にいることの意味を心から考えずにいられなくなる作品だ。
文 小林サク
『佐藤さんと佐藤さん』
キャスト:岸井ゆきの 宮沢氷魚 藤原さくら 三浦獠太 田村健太郎 前原滉 山本浩司 八木亜希子 中島歩 佐々木希 田島令子 ベンガル
監督:天野千尋 脚本:熊谷まどか 天野千尋
(C)2025『佐藤さんと佐藤さん』製作委員会
配給:ポニーキャニオン
2025年11月28日(金)全国ロードショー
