ただただ、書きたいふたり『書けないんじゃない、書かないんだ』レビュー
大学時代に執筆した小説が芥川賞を受賞し一躍有名小説家となった和泉朱莉(原愛音)。結婚を機に地方にある夫の実家で彼の両親と同居を始める。東京とは違う穏やかな生活を期待していた朱莉だったが、10年以上実家に寄り付かなかった夫の姉・吉村晴海(大須みづほ)が突然帰って来る。
晴海は「天才小説家」を自称しているが、小説を書きも読みもせず、さらには働きもせず毎日ゴロゴロ寝て過ごすだけのニートだった。作家である朱莉に対し晴海が強烈な敵対心を向けてくる中、義理の両親の頼みで朱莉は晴海と仲良くなるよう試みるがかえって晴海の怒りを増大させてしまい、 2人の対立は深まるばかり。一方、デビュー作以来小説を書けなくなっている朱莉はスランプに陥っていた。担当編集者の藤井(アライジン)に次回作を急かされた朱莉は苦肉の策を取るのだが…。
『書けないんじゃない、書かないんだ』とは何という深いタイトル。「書けない」と「書かない」の間には大きな隔たりがある。努力しても書けないのは才能の欠如と見なされるが、かたや才能があるのに自分の意思で“敢えて”書かないのは大違いだ。一見可愛げのないこの言葉の裏にあるのは、もしかしたら最低限の自分のプライドを守りたいといういじらしさかもしれない。
若くして人気作家の地位を得た朱莉は、東京の喧騒を離れ自然豊かな夫の地元で執筆活動に専念…という建前でいるが、実は次回作が全く書けずにいた。日々田んぼの周りをランニングしては、新作のヒントが降臨するよう神に祈るがまったく効果無し。
もう一つ朱莉を悩ませているのは超個性的な義姉、晴海の存在だ。その実態は食っちゃ寝のニートながら天才小説家を自称し、事あるごとに「嫁のくせに!」と朱莉を罵倒してくる。同居する義両親の賢治(沓澤周一郎)と明子(岩松れい子)も我が娘可愛さに晴海には強く言えず、朱莉のイライラは募るばかり。何よりも次回作が書けないプレッシャーから地方に逃避してきたのだと晴海にずばり指摘されたのがムカツク…!
義理の姉妹のバトルを軸に物語が進んでいくのだが、最初は義姉に遠慮していた朱莉だが、晴海の傍若無人ぶりに堪忍袋の緒が切れ、負けじと反撃を開始。ランニングバトルで朱莉に完敗した晴海が筋肉痛で苦しむ中、高笑いで横を通り過ぎる。
一方の晴海のクセ強ぶりは驚嘆に値する。小説家どころか小説を書きも読みもせず、ついでに働きもしてないのに何でこんなに自信満々でエラそうなの!?晴海のキャラクターが突き抜け過ぎていて呆れを通り越して可愛らしくなってくる。遠慮無しに言いたいことを言い合う2人の諍いが次第に清々しくすら感じてしまうのだ。
そんな中、朱莉がついに新作のアイデアを思いつき一心不乱に執筆に打ち込み始める。他方、相変わらず1行も書かない(書けない)晴海は朱莉の作品が気になって仕方ない。あの手この手を駆使し何とか盗み読みに成功するが、それが2人の関係に変化をもたらすこととなる。
絶対に噛み合わない2人だけれど、どちらも根底にあるのは小説に懸ける情熱と「書きたいけれど書けない」という葛藤だ。才能があっても書けない人と、才能がないから書けない人、両者は全然違うのだけれど「書けない」辛さは同じなのだ。プライドをかなぐり捨て言いたいことを言い合って相手をほんのちょっと理解出来たら、目の前の景色がほんのちょっとだけ変わるかもしれない。
本作は鴨井奨平監督が自身の出身地である新潟県津南町でロケ撮影を敢行して製作された。
スランプに悩む人気作家、朱莉を『僕の町はお風呂が熱くて埋蔵金が出てラーメンが美味い。』(23)や『青すぎる、青』(23)の原愛音が演じた。可憐な外見とはうらはらに義姉とのバトルにも怯まない朱莉を魅力的に演じた。
強烈な個性をもつ義理の姉、晴海を演じたのは『夢半ば』(22)の大須みづほ。映画後半では晴海のピュアな一面も明らかになり、さまざまな顔を見せる晴海の存在感がやみつきになること間違いなし。朱莉の夫、良太には2024年の大河ドラマ『光る君へ』にも出演した篠田諒。義理の両親はベテラン俳優の沓澤周一郎と岩松れい子、朱莉の担当編集者、藤井は『地球星人(エイリアン)は空想する』(23)のアライジンが演じた。
果たして2人は書けるのか、書けないのか?その顛末は是非劇場で。
文 小林サク
『書けないんじゃない、書かないんだ』
脚本・監督:鴨井奨平
キャスト: 原愛音 大須みづほ 篠田諒 沓澤周一郎 岩松れい子 アライジン
(C)映像制作団体 Tiraggiro
池袋シネマ・ロサにて8月30日(土)〜9月12日(金)
シアターセブン(大阪)にて9月20日(土)より公開