一番大事な場所にずっと、あなたはいる『やがて海へと届く』レビュー



窓の外、夜空に浮かぶ星を眺める一人の女性、ふと気づくと頬には一筋の涙。ここは都心の高層階にあるダイニングバー、フロアチーフの真奈(岸井ゆきの)は5年前に行方不明になったきりの親友、すみれ(浜辺美波)を思い出していた。
大学のキャンパスで出会ったすみれは社交的で自由奔放、大人しく引っ込み思案な真奈とは正反対だったが、二人は親友になる。同居生活を始めさらに絆は深まるが、ある時ひとり旅に出たすみれが突然姿を消してしまう。今もすみれの帰りを待ち続ける真奈のもとに、すみれの恋人だった遠野(杉野遥亮)が現れる。
遠野からすみれが大事にしていたビデオカメラを託されるが、そこに映っていたのは真奈とすみれが過ごした時間と、すみれの秘められた想いだった。

もし自分の大切な人が突然いなくなってしまったら?親友を思い続ける真奈は、周囲の人間がすみれを亡き者として扱うことに強い苛立ちを感じていた。二人で過ごした日々は今も暖かく濃密に真奈を包み込んでいたが、それは同時に彼女を思い出の中に留まらせてもいた。すみれは何を考えていたのか、果たして自分はすみれを理解できていたのか。答えを求めて真奈はすみれが最後に旅をした地へと足を運ぶ。

悲しみ、喪失感、後悔、罪悪感、怒り…。大切な人を失くした時、そんな感情が押し寄せ、その波に飲み込まれそうになる。ひたすら悲しみに横たわる、思い出のあらゆる細部を思い返す、自分の知らないその人のエピソードを探す、「なぜ、もっと」と自分を責める…そんな一進一退を繰り返し、人は喪失を受け入れていく。すみれを想うがあまり何一つ受け入れてこなかった真奈は、ビデオカメラに残された映像と、すみれの旅先で出会った人々との関わりでようやく彼女の不在と向き合い始める。

もう確認する術が無い問いを抱え、残された人間は悩み続けるが、答えは共に過ごした時間の中にありそこにしかない。その時間の温もり、心が触れ合ったと思う確かな瞬間の連続を経て今、私はまだあなたを想っている。「喪失と再生」という言葉を聞く機会が多いが、失われたものは元通りには再生しない。多くの涙と葛藤そして時間が、欠けた部分を少しずつ満たし新たな心の形が作られていく。

人気作家彩瀬まるの同名小説を映画化したのは、詩人としても活躍する中川龍太郎監督。『四月の永い夢』(18)では「第39回モスクワ国際映画祭」で国際映画批評家連盟賞、ロシア映画批評家連盟特別表彰をW受賞している。
消えた親友を思い続ける真奈を『愛がなんだ』(19)や『恋せぬふたり』(NHK)など、映画、テレビドラマで活躍する実力派女優、岸井ゆきのが演じた。多くは語らないが内に秘めた強い想いをもつ真奈を繊細で力強い演技で圧倒的に体現した。
ミステリアスで儚げなすみれを『映画 賭けグルイ』シリーズや『思い、思われ、ふりふられ』(20)などの映画のほか、多数のテレビドラマ、CMに出演する人気女優、浜辺美波が演じた。とらえどころがないすみれの、次第に明かされる想いに胸が締め付けられる。すみれの元恋人の遠野を杉野遥亮、真奈の同僚の国木田に中崎敏、すみれの母に鶴田真由、ほか中嶋朋子、新谷ゆづみ、光石研が出演している。
また特筆すべきは、アニメーションとのコラボレーションだ。映像ではさまざまな意味で描けなかったかもしれない場面をアニメーションは見事に描ききっており柔らかだが圧倒的に胸を打ち、光の差すラストシーンへと導いてくれる。

また今年も春が巡ってきた。大事な人を想いながら、是非劇場で鑑賞して欲しい作品だ。

文 小林サク

『やがて海へと届く』
©2022 映画「やがて海へと届く」製作委員会
配給: ビターズ・エンド
4月1日(金)より、TOHOシネマズ曰比谷ほか全国ロードショー!

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