おせっかいは世界を変える?『ゴヤの名画と優しい泥棒』レビュー



イギリス、ロンドンのナショナル・ギャラリーは197年の歴史と2300点を超える所蔵品を誇る、世界中から年間500万人以上が訪れる人気美術館だ。

その世界指折りの美術館から1961年、フランシスコ・デ・ゴヤの名画「ウェリントン公爵」が盗まれた。すわ、国際的窃盗団の犯行か!と大騒ぎになる中、判明した犯人はなんと60歳のタクシー運転手ケンプトン・ バントン(ジム・ブロードベント)だった。長年連れ添う妻ドロシー(ヘレン・ミレン)と息子のジャッキー(フィオン・ホワイトヘッド)とアパートで慎ましい年金暮らしをする男だった。テレビで孤独を癒している高齢者たちのため、彼らの生活を少しでも楽にしようと、ケンプトンは盗んだ絵画の身代金で公共放送(BBC)の受信料を肩代わりしようと企てたのだ。だが、この事件にはもう一つ隠された真相があった。実際に起きたゴヤの名画盗難事件に込められた名もなき男の思いが明らかとなる。

『ノッティングヒルの恋人』(99)、『恋とニュースのつくり方』(10)などで知られ、2021年9月に逝去したロジャー・ミッシェル監督がメガホンを取り、本作が長編映画作品の遺作となった。
テレビが娯楽の中心だった時代、生活が豊かではない高齢者のために、ケンプトンは受信料無料を求める活動をしていた。時には受信料未払いで投獄され、時には”年金老人に無料テレビを”と書かれたプラカードを掲げ、息子とともに嘆願書を集めているところをドロシーに見つかり大目玉を食らってしまう。
権力に屈さず弱い立場の人の味方を貫くケンプトンは方々で騒動を起こしては職を転々とし、ドロシーの頭痛のタネだった。

そんなケンプトンが思い付いたのが、名画「ウェリントン公爵」を人質にし、身代金を高齢者の公共放送の受信料に充てるという大胆不敵な計画だった。他人のために何故そこまで?という思いが沸き上がるが、それはただただ「困っている人をほうっておけない」というシンプルな感情だった。
駆け引きや下心のない純粋な親切心から孤軍奮闘するケンプトンは、まさに草の根の活動家、街の英雄といった人物だろう。だがそんな夫をもった妻はたまったものではない。ドロシーは幾度となく夫に驚き呆れ、怒りをぶちまけるが、それでもやはり憎めないケンプトンと、決して彼を見捨てないドロシーとのユーモアに富んだやりとりが微笑ましい。

ひたすらにお人好しな愛すべきケンプトンを『アイリス』(01)で第74回アカデミー賞助演男優賞を受賞し、『ハリー・ポッター』シリーズ、『マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙』(11)、『パディントン』シリーズなど長年に亘り映画、舞台で活躍する名優ジム・ブロードベントが演じた。妻のドロシーには『クィーン』(06)で第79回アカデミー賞主演女優賞を受賞し、『黄金のアデーレ 名画の帰還』(15)や『ワイルドスピード』シリーズなど多くの作品に出演しているヘレン・ミレン。イギリスを代表する俳優二人が息ぴったりに老夫婦を演じている。また『ダンケルク』(17)にも出演した若手俳優フィオン・ホワイトヘッドが、寡黙だが優しい息子ジャッキーを好演している。

「見て見ぬふり」や「触らぬ神に祟りなし」とは対極にあるケンプトンは究極のおせっかいおじさんかもしれないが、彼の生きざまは、隣人や家族、身近な人たちへの小さな思いやりが時には世の中を変える力になると教えてくれる。人々の心の分断を感じることが多い今この時代だからこそ観るべき価値がある作品だ。

文 小林サク

『ゴヤの名画と優しい泥棒』
配給: ハピネットファントム・スタジオ
後援:ブリティッシュ・カウンシル
©PATHE PRODUCTIONS LIMITED 2020
2022年(金)2月25日TOHOシネマズ シャンテほか全国公開

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