何気ない日常に、ありがとう『梅切らぬバカ』レビュー
山田珠子(加賀まりこ)は、庭のある古民家で息子の忠男(塚地武雅)と二人で暮らしている。自閉症の忠男はとても几帳面で、朝起きるのも朝食を食べ始めるのも出勤するのも毎日決まった時間だ。珠子は占い師をしており、自宅前には行列が出来る程の人気ぶりだ。親子二人、慎ましやかだが幸せな暮らしだが、忠男が50歳を迎え珠子は自分がいなくなった後の忠男の人生について強く不安を感じるようになる。そんな時、忠男が働く作業所の所長(林家正蔵)から知的障害者が暮らすグループホームに忠男を入居させることを勧められ、珠子は悩みぬいた末入居を決意する。
庭の梅の木の枝は伸び放題で私道に張り出しており、隣に越してきた里村家からクレームが来ていた。里村家の主人、茂(渡辺いっけい)は梅の枝だけでなく、理解不能な行動をとる忠男についても苦々しく思っているが、妻の英子(森口瑤子)と息子の草太(斎藤汰鷹)は、珠子の飾り気のない人柄に惹かれ、ひそかに交流を育んでいた。一方、住み慣れた家を離れグループホームで暮らし始めた忠男は環境の変化に戸惑いホームを抜け出してしまうのだが、それは街の人々を巻き込むある事件に発展してしまう。
タイトルの『梅切らぬバカ』とは「桜切る馬鹿、梅切らぬ馬鹿」という樹木の剪定方法を表すことわざに由来し「梅は無駄な枝があると良い実がつかないためこまめに剪定する方が良い」という喩えだ。それぞれの木の特性に添った対応が大切という意味だが、それは人間に対しても同じだと本作は語りかけてくる。
障害者とその家族VS近隣住民という単純な対立構図ではなく、描かれる人々の関わりはもっと複雑だ。グループホームの入居者が住民に不安を与える出来事が起きたため、住民は障害者=悪と決めつけ排除しようとするが、街で牧場を営む奈津子(高島礼子)の厩舎の馬が逃げ出すなど、住民の間でもお互いに迷惑をかける出来事は日々起きているのだ。
珠子が住民に発した「お互い様だろう?」という言葉が印象的だが、自分の暮らしを守りたい気持ちは誰でも同じ、自分は他人の立場への思いやりを欠いてはしないか、はっとさせられる。苦境にあっても、誰かを責めず日々を慈しむ珠子と忠男のまっすぐな生き方に背筋が引き締まる。
逞しく明るい母、珠子を演じたのは加賀まりこ。54年ぶりの主演映画となる本作ではおおらかで愛情深い母親を生き生きと演じている。息子の忠男役には俳優としても活躍を続けるドランクドラゴンの塚地武雅。自閉症という難しい役柄を見事に演じきり、忠男の優しい人柄がしみじみと伝わってくる名演を見せている。
社会での共生の難しさ、他者の立場への想像力の必要性と共に、家族や近しい人々と過ごす何気ない日々の素晴らしさを痛感する物語だ。
文 小林サク
『梅切らぬバカ』
配給・宣伝 ハピネットファントム・スタジオ
©️2021「梅切らぬバカ」フィルムプロジェクト
11月12日(金)シネスイッチ銀座ほか全国ロードショー