純粋な気持ちを持ち続けた芸術家『芸術家・今井次郎』レビュー



『芸術家・今井次郎』というタイトルが示すように、今井次郎という芸術家を題材としたドキュメンタリー映画である。

試写会終了後、真っ先に後悔の念に駆られた。同時代を生きていたにもかかわらず、今井の作品やパフォーマンスに触れる機会がなかったからだ。
今井はもうこの世にいない。2012年、悪性リンパ腫によって、この世を去った。享年60歳。

音楽・演劇活動を80年代から始め、自らのアート作品を使ったパフォーマンス『JIROX DOLLS SHOW』でオリジナリティー豊かな世界を切り開いた今井。本作で紹介されている過去の映像や作品から放たれる魅力は唯一無二。

音楽やオブジェなどの作品に貫かれているのは、ユーモアや可愛らしさ。既成概念にとらわれない自由奔放かつ幼児のような発想力が素晴らしい。今井の手にかかればマッコリのペットボトルは立派な楽器。ゴミ同然のビニールテープやダンボールもアート作品になってしまう。

死に先立つ半年間の入院生活中においても、病院食を用いて作品を作り続けた。アートミールと名付けられたその作品の数々は、SNSで日々更新された。大病を患っていたにもかかわらず。

本作を通して感じた今井自身の印象は、子供の心を持ち続ける本能に正直な大人。
東京・目白のブックギャラリーポポタムにて開催中の『芸術家・今井次郎』特別展で(10月31日まで。金・土・日のみオープン)、作品を目の当たりにして、さらに確信を強めた。

今井の分身といえる作品からは、小学生が作ったような微笑ましい味わいが。もしも今井が在廊していたら、たくさん質問していたであろう。本人不在なのが本当に残念でならない。

残念ではあるものの、本作の上映中に悲しくなる場面は不思議となかった。
故人のドキュメンタリーなのに。
最後までほんわかした気分にさせられる稀有な映画である。

文 シン上田

『芸術家・今井次郎』
©2021「芸術家・今井次郎」製作委員会
10月30日(土)よりユーロスペースほか全国順次公開

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