映画の未来をも照らす優しい光に満たされる『私たちが光と想うすべて』レビュー



2024年『第77回カンヌ国際映画祭』でインド映画史上初のグランプリを受賞したのはインド出身の新鋭パヤル・カパーリヤー監督が手掛けた『私たちが光と想うすべて』だ。ゴールデン・グローブ賞をはじめ100以上の映画祭・映画賞にノミネートされ25 以上の賞を受賞、オバマ元⼤統領の2024年のベスト10に選ばれ70か国以上での上映が決定するなど高い評価を得ている。

ムンバイの病院で働く看護師のプラバ(カニ・クスルティ)と年下の同僚アヌ(ディヴィヤ・プラバ)はルームメイトだが、真面目で寡黙なプラバと人生を楽しみたいアヌはそれほど親しいわけではない。プラバは親が決めた相手と数年前に結婚したが、ドイツで仕事を見つけた夫からはもうずっと音沙汰がない。アヌは密かにイスラム教徒の男性と付き合っているが、お見合い結婚を勧める親には大反対されるのが目に見えており、とても打ち明けられない。
プラバの友人で、病院の食堂で働く年配のパルヴァティ(チャヤ・カダム)が高層ビル建築のため自宅から立ち退きを迫られ、故郷の海辺の村へと帰るという。彼女を村まで見送る旅に出たプラバとアヌはそこでこれからの人生を変える出来事に直面する。

インド映画といえばまず歌とダンスに彩られた華やかなミュージカル映画を連想するが本作はそんなイメージと対極にある、静かでとてもパーソナルな映画だ。
大都市ムンバイに暮らすプラバとアヌは仕事を持ち自立して生きる女性だが、それぞれに葛藤を抱えている。プラバはドイツに渡った夫を密かに待ち続けているがもう1年以上電話もなく、連絡といっても急にドイツ製の炊飯器が送られてくるぐらい。誰かに好意を寄せられても既婚であるプラバには受け入れられず、自宅と職場の往復だけの毎日にどうしようもなく寂しくなる時がある。一方のアヌは恋人と深く愛し合っているが、存在を公には出来ず隠れて交際を続けていた。イスラム教徒との結婚は親が大反対するのは間違いなく将来がとても不安だ。陽気に振る舞ってはいるが同僚たちに恋人の存在を勘付かれてしまい、居心地の悪さを感じている。

親が決めた相手との見合い結婚や異教徒との交際の難しさ、都市開発のためにいとも簡単に立ち退きを迫られるなど、彼女たちが直面する問題は日本で暮らす私たちには身近とは言えない。遠い異国で自国の文化や慣習を受け入れ健気に生きる女性たち…かと思いきやそうではないのだ。
彼女たちは静かに闘っている。自分の力ではどうにもならない大きな力の存在も、それを変えるのが難しいこともちゃんと分かっている。その上で彼女たちは考え葛藤し、少しでも人生を良くしたいと模索しているのだ。決して従順に全てを受け入れているわけではない。

これってみんな一緒だよね、と思う。彼女たちが求めるのは私たちと同じように愛や自由、より良い人生だ。この映画は遠い国の異なる文化の女性たちの話ではない。インドという国のイメージを取り払うと、そこには幸せを求める女性たちの姿があった。明るく元気なミュージカル映画では中々気づけない、上手くいかない日々を懸命に生きる女性たちの息遣いがしっかりと聴こえてくる。
初めは心の距離があったプラバとアヌの関係は、次第にお互いを尊重し合うものへと変化してゆく。パルヴァティの故郷の海辺の美しい村で共に語り合い時を過ごしたことでそれぞれが現実と向き合い決断を下す。劇的な出来事は起こらずとも、共に在りお互いを認め合うという静かな連帯が彼女たちに歩みを進める力を与えたのだ。それぞれの未来を選択した彼女たちに心からの共感と称賛を贈りたい。
ラストシーン、「好きなだけいていいよ」と言ってくれた海辺のカフェが放つ淡く優しい光が願わくばどうか彼女たちそれぞれの未来をも照らしてくれることを。

聡明なプラバを演じたのは『Biriyaani(原題)』(19)でケーララ州映画賞・主演⼥優賞を受賞、2024年度東京フィルメックスで話題を呼んだ『女の子は女の子』(24)に出演したカニ・クスルティ。陽気なアヌを演じたのは『Ariyippu(原題)』(22)でロカルノ国際映画祭国際コンペティション部門主演女優賞にノミネートされたディヴィヤ・プラバ。住まいを追われ故郷の村へと帰るパルヴァティを『花嫁はどこへ?』(24)のチャヤ・カダムが演じた。

まだ30代のカパーリヤー監督は本作が初長編映画ながら一躍世界から注目を集める映画監督となり、2025年のカンヌ国際映画祭では審査員に抜擢された。大都市の喧騒を遠いBGMに、柔らかな光を取り入れた映像美と登場人物それぞれに寄り添う繊細な演出は新たなインド映画の可能性を引き出している。本作の登場人物だけではなく、映画の未来にも光を照らしたカパーリヤー監督の今後の作品に期待せずにはいられない。

文 小林サク

『私たちが光と想うすべて』
7月25日(金)よりBunkamuraル・シネマ渋谷宮下、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国順次公開
監督・脚本:パヤル・カパーリヤー
出演:カニ・クスルティ、ディヴィヤ・プラバ、チャヤ・カダム
配給:セテラ・インターナショナル
©PETIT CHAOS-CHALK & CHEESE FILMS-BALDR FILM-LES FILMS FAUVES-ARTE FRANCECINÉMA-2024

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