全てが輝いていたあの頃へのラブレター『mid90s ミッドナインティーズ』レビュー
1990年代半ば――それは振り返るとノスタルジーに溢れた時代だ。
インターネットやSNSはまだ普及しておらず、若者のポップ・カルチャーの広がりは口コミや雑誌、テレビが主だった。CDの売り上げは好調で、メガヒット曲も多く生まれ、時代を象徴するようなアーティストたちが日本のミュージックシーンを鮮やかに彩っていた。現在ほどの多様性には恵まれていないが、そのかわり、多くの人々が同じ時代の空気を共有できた最後の年代だった。だからこそあの頃を思い返す時、何とも言えない切なさと愛おしさを感じるのだ。
『40歳の童貞男』(05)などのコメディ作品でキャリアを積み、ブラッド・ピット主演の『マネーボール』(11)とレオナルド・ディカプリオ主演の『ウルフ・オブ・ウォールストリート』(13)ではアカデミー賞助演男優賞にノミネートされるなど、実力派俳優として活躍するジョナ・ヒルはまさにその90年代半ばにL.A.で多感なティーンエイジを過ごしていた。彼がこのほど監督を務めた『mid90sミッドナインティーンズ』はジョナ自身の半自伝的な作品ではあるが、かつて10代を過ごした誰しもが共感出来る青春映画となっている。製作を手掛けたのは『レディ・バード』、『ミッド・サマー』などヒット作を近年連発し、アカデミー賞ノミネートにも常連の新進気鋭の映画会社A24だ。
1990年代半ばのロサンゼルス。13歳のスティーヴィー(サニー・スリッチ)はシングルマザーの母親ダブニー(キャサリン・ウォーターストン)と兄のイアン(ルーカス・ヘッジズ)との3人暮らし。小柄なスティーヴィーは横暴な兄に力では歯が立たず、強くなり兄を負かしたいと常々思っていた。ある日、スティーヴィーは街のスケートボード・ショップに出入りする少年たちと出会う。自由でクールな彼らと仲良くなりたいがため、スティーヴィーは思い切ってショップに足を踏み入れるのだが――。
青春は厳しい。なぜなら、よほどの人気者でない限り自分で道を切り開かないといけないからだ。特にスティーヴィーのように、小柄でおとなしい13歳の男の子なんて、黙っていたって相手にされない。だからもし、仲良くなりたい人がいたら壁を乗り越えるしかない。
彼がスケートボード・ショップに勇気を出して乗り込んだ時、まるで自分のことのように冷や汗が出るはずだ。イケてる少年たちの話の輪に加われた時は、心の中でガッツポーズを決めはずだ。仲良くなりたかった子と友達になれた時のあのむずがゆさ、友達になってまだ慣れない頃のぎこちなさが思い出される。
そうして壁を乗り越えたスティーヴィーの目の前には次々と新しい世界が広がってゆく。
仲間たちとスケートボードに興じ、悪気のない悪さをして、くだらない話を何時間もする。仲間内ではファックシット(オーラン・プレナット)とレイ(ナケル・スミス)が抜群にスケートボードが上手い。とりわけレイは優しくて大人でクール、スティーヴィーの憧れだ。フォースグレード(ライダー・マクラフリン)は、無口でほとんど話さないけれど、映画を撮るのが夢でいつもカメラを回している。スティーヴィーと年が近いルーベン(ジオ・ガリシア)は最初は色々手ほどきをしてくれたけれど、スティーヴィーがレイ達のお気に入りになってからはどこかよそよそしい。
タバコをふかしたり危険な遊びで大けがをしたり、年上のお姉さんに刺激的な手ほどきを受けたりと胸を張って人には言えないことも満載の日々だ。楽しいことばかりではなく、スティーヴィーの母は息子がガラの悪い少年たちとつるむのが気に食わないし、兄は弟が自分を飛び越えて成長していくのを苦々しく見つめている。仲間たちも同様で、各人それぞれの家庭の事情が見え隠れしながらも、いちいち弱音を吐いたりはしない。いろんな感情を持ち寄り集まって、一緒に過ごす何気ない時間が絆を育んでゆく。
90年代の風景に徹底的にこだわった本作では当時の雰囲気を再現するため、全編16mmフィルムで撮影に臨んだ。そうだ、あの頃の映像はこうだった、とはっとする人も少なくないだろう。作中に登場する小道具にもこだわりが満載で、ナイキのエア・ジョーダン、スーパー・ファミコン、カセットテープ、ストリート・ファイターなど当時を知る年代には涙がこみあげそうな懐かしいアイテムがふんだんに登場する。(そしてもちろん、スマホやSNSはない)
主人公のスティーヴィーには『聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア』(17)のサニー・スリッチ。俳優でありプロのスケートボーダーでもある彼が、小柄で可愛らしいが芯が強く男気に溢れたスティーヴィーを魅力的に演じている。スティーヴィーの仲間は俳優ではなくプロのスケートボーダーたちが演じているのだが、この面々が個性的で面白い。スティーヴィーが憧れるスケートボードの名手、レイを演じたのはナケル・スミス。クールだが心優しく熱い男、レイをとにかくかっこよく演じている。落ち込んだスティーヴィーをスケートボーディングに誘い出す場面が秀逸だ。
お調子者で明るいファックシットを演じたのはグッチなど有名ブランドのモデルも務めるオーラン・プレナット。寡黙だが、いい味を出しているフォースグレードにはライダー・マクラフリン、新入りのスティーヴィーに嫉妬するルーベンにはジオ・ガリシア。スティーヴィーの家族は、母親役に『ファンタスティック・ビースト』シリーズのヒロイン役で知られるキャサリン・ウォーターストン、兄のイアンに『マンチェスター・バイ・ザ・シー』(16)でアカデミー賞助演男優賞にノミネートされ、『ベン・イズ・バック』(18)、『ある少年の告白』(18)など数々の作品で活躍するルーカス・ヘッジズと実力派俳優の二人が名を連ねる。
スマホもネットもSNSもない、けれど「そこにいけば」仲間たちに会えたあの時代。90年代への愛とノスタルジー、そして普遍的な青春のきらめきが込められた必見の作品だ。
文 小林サク
『mid90s ミッドナインティーズ』
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9月4日(金) 新宿ピカデリー、渋谷ホワイトシネクイントほか全国ロードショー