音と色彩に、溢れる愛をこめて『WAVES/ウェイブス』レビュー
『ムーンライト』(16)、『レディ・バード』(17)など、個性的な作品を世に送り出してきた映画制作会社、A24。2012年の設立から僅か8年にしてアカデミー賞ノミネートを果たすまでとなり、アメリカ映画界で強烈な存在感を放っている。そんな今最も目が離せないスタジオが2020年代の始まりに公開するのが『WAVES/ウェイブス』だ。
フロリダの高校に通うタイラー(ケルヴィン・ハリソン・Jr)はレスリング部のスター選手。友人も多く、美人で人気者の恋人アレクシス(アレクサ・デミー)とは深く愛し合っている。家は裕福で、父親のロナルド(スターリング・K・ブラウン)からの期待も大きい。タイラーの毎日は、まばゆい光に満ちていた。
ある時、タイラーは自身の肩の損傷していることに気付く。医師からは即引退を命じられるほどだったが、周囲の期待を裏切ることに恐怖を感じ、事実を隠してしまう。
そんな中、アレクシスの妊娠が発覚する。二人で力を合わせて乗り越えるはずだったが、それぞれの思いは食い違い始める。全てが悪い方向に向かい、タイラーは精神的に追い詰められていく。そして、ある決定的な出来事が起こる。
華やかなタイラーの影で、妹のエミリー(テイラー・ラッセル)は地味で目立たない少女だった。あの出来事以来、家族の心はバラバラになってしまい、家でも学校でも彼女は孤独だった。そんなエミリーに声をかけてきたのは、タイラーと同じレスリング部だったルーク(ルーカス・ヘッジズ)。エミリーの事情を知りながらも優しく接するルークに、惹かれてゆくエミリー。一方のルークも、父親との間にわだかまりを感じていた。家族によって傷ついた二人はお互いを重ね合わせ、癒し合い、恋に落ちる。そんな時、闘病中のルークの父親が危篤だと知り、エミリーはルークを説得し、父親の最期に立ち会うため、アラバマへと二人で旅立つのだった。
前半は兄、後半は妹の視点で語られる物語において、欠かせないものが印象的な映像とサウンドだ。
映像は特に赤と青が鮮烈だが、どの色もヴィヴッドで躍動感溢れる生命力を感じさせる。タイラーが苦悩するシーンでは黒が際立ち、彼の心情をより際立たせる。タイラー、エミリーがそれぞれ車内で恋人と楽しく過ごすシーンではカメラが360度回転するなど、自由で奔放なカメラワークにも引き込まれる。
さらに音楽は物語とキャラクターの心情に徹底的に添ってセレクトされている。歌詞がキャラクターの言葉を代弁し、物語を作る。映画の構成要素というより音楽が完全に作品に融け込んでいるのだ。
フランク・オーシャン、ケンドリック・ラマー、アニマル・コレクティヴから、グレン・ミラー、レディオヘッドなど、幅広く多彩なアーティストの曲が丹念に選ばれ、作品に銅貨している。音楽ファンならばさらに作品の世界に没入できるだろう。
映像と音楽の美しさ、新鮮さという目につきやすいものだけではなく、最も大切なのは物語の根底に流れる普遍的な愛だ。愛は、時には自分と愛する人を傷つける憎しみにも変わるが、時には傷ついた心を癒し未来への希望を取り戻させてくれる。
兄が壊した絆を、妹が溢れる愛で繋ぎ合わせ、取り戻していく。全ての解決ではない、しかし一筋の光が差し込むラストに願いをかけずにはいられない。
全く新しい映画体験を我々に提供してくれたのは、’88年生まれの新鋭監督トレイ・エドワード・シュルツ。撮影アシスタントとして経験を積み初長編作品『Krisha』(14)がジョン・カサヴェテス賞、ニューヨーク映画批評家協会賞の最優秀新人賞などを受賞している。キャストには才能溢れる若手俳優が勢揃いした。タイラーを演じるのはシュルツ監督の長編2作目『イット・カムズ・アット・ナイト』(17)で注目されたケルヴィン・ハリソン・Jr。大学でジャズを学び、音楽への造詣も深い彼が繊細な感受性をもつタイラーを演じきった。
エミリーを演じたのは映画やテレビ作品に数多く出演するテイラー・ラッセル。繊細さと力強さを同時にもつエミリーを等身大の少女として息づかせている。
エミリーと恋に落ちるルークには、『マンチェスター・バイ・ザ・シー』(16)、『ベン・イズ・バック』(18)などのルーカス・ヘッジズ。若いながら落ち着い佇まいと高い演技力で実力派俳優として活躍する彼は、本作でも流石の存在感を放っている。
今この時代だからこそ、悲しみのさなかにいても、心にいる大切な誰かを思い出そう。憎しみではなく溢れる愛をーー、そう呟いて前を向いていこう。
文 小林サク
『WAVES/ウェイブス』
配給:ファントム・フィルム
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2020年7月10日(金)よりTOHOシネマズ 日比谷ほか全国ロードショー