受け止める。私が私であることを『37セカンズ』レビュー



23歳の貴田(たかだ)ユマ(佳山明)は、母親の恭子(神野三鈴)と二人暮らし。両親はユマが幼い頃に離婚した。感謝はしているが、過保護な母にユマは少しうんざりしている。漫画家を夢見るユマだが、今は親友で人気漫画家のSAYAKA(萩原みのり)のゴーストライターに甘んじている。美しい容姿のSAYAKAを羨ましく思うが、彼女と同じにはなれないことは分かっている。

生まれた時に障害を負い、ユマには脳性まひがある。37秒間ーーそれはユマが生まれた時に息をしていなかった時間。もっと早く息をしていたらーー、自分の人生は違ったものになっていたはず。そんな想いを抱えながら日々を過ごすユマだが、自分の名前で漫画家になりたいという気持ちが膨らみ、SAYAKAの担当編集者に原稿を見てもらう。しかし「SAYAKA先生の絵に似過ぎている」と一蹴されてしまう。

落ち込むユマだが、ふとしたきっかけからアダルトコミックを描くことを思い付く。胸を弾ませて編集部に原稿を持ち込んだユマに、編集長(板谷由夏)は「性体験のない作家にはリアルな漫画は書けない」と告げる。自分で体験しないと漫画が書けない、決意したユマはメイクをし、ワンピースに身を包み、車椅子で歓楽街へと向かう。

性への目覚め、アダルトコミック、性産業に関わる人たち。スキャンダラスなキーワードに惑わされがちだけれど、これは一人の少女が大人の女性へと変貌を遂げる、美しい成長の物語だ。ただ、ユマの場合は脳性まひという障害をもつがゆえに、乗り越えるのがうんと大変なのだけれど。
ユマの面倒を看すぎ、心配しすぎる母は常にユマを管理下に置いておこうとする。メイクも可愛い服装も禁止、行動は全て報告しなければならない。
美少女漫画家SAYAKAのアシスタントを務めながら、実は彼女のゴーストライターであるユマ。作品を評価されることはなく、むしろ障害者を雇用するとしてSAYAKAの株が上がるだけ。

影に隠れたような息詰まる日常を生きてきたユマは、しかし、新たな世界へと臆することなく飛び出して行く。性体験をするべく風俗店の客引きに声をかけ、デリヘルの若い男性を紹介してもらったユマは人生初のラブホテルを訪れる。そこで出会ったのは、自在に車椅子を操るクマさん(熊篠慶彦)、障害者専門のデリヘル嬢、舞(渡辺真起子)、介護福祉士の俊哉(大東駿介)だ。自由で暖かい彼らと交流するうちに、ユマには一人の女性としての自我が芽生えていく。メイクもしたい、可愛い服も着たい、お酒だって飲みたい。何より、私が私であることを認めたい。
自己の存在と向き合い始めたユマは、心に秘めたある人物に会おうと決意するが、それはまた更に新たな出会いへと繋がっていく。母の庇護下から翼を広げて大空へと旅立つのは、誰もが直面する大人へのステップだ。ユマは障害をもつがゆえに困難さは増すけれど、彼女はけして諦めず、へこたれない。一人の女性として自立するユマの前には、どんな未来が広がっていくのだろう。

ヒロインのユマを演じたのは、出産時に障害を負った佳山明。障害をもつ女性を全国から一般公募し、100人の中からオーディションで選ばれた。逞しく、しなやかに成長を遂げるユマを見事に演じ切った。
娘を心配するあまり過保護になってしまうユマの母、恭子には数多くの舞台に出演する女優、神野三鈴。ユマに大人の世界を教えてくれる美しきデリヘル嬢、舞には映画、舞台などで幅広く活躍する渡辺真起子。寡黙だが優しさに溢れた介護福祉士、俊哉に人気俳優の大東駿介と、実力派キャストが脇でサポートする。

監督のHIKARIは、18歳で単身渡米し南ユタ州立大学で舞台芸術、音楽、アートを、南カリフォルニア大学院で映画制作を学び、映画監督のみならず脚本家、プロデューサーとしてアメリカでも注目されている気鋭のクリエイターだ。重くなりがちな内容を、美しい映像とどこかファンタジックな構成で明るく希望の滲む物語へと昇華させた。第69回ベルリン国際映画祭で「パノラマ観客賞」と「国際アートシアター連盟賞」をW受賞したほか、各国映画祭でも話題を集めた。国は変われど、本作で描かれる成長の物語は、誰もが直面し、共感する普遍的なテーマだと実感させられるのだ。

文 小林サク

『37セカンズ』(原題37Seconds)PG12
© 37 Seconds film partners
2020年2月7日(金)新宿ピカデリー他全国ロードショー

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