捨てられない、で溢れてる『ハッピー・オールド・イヤー』レビュー



タイ、バンコク。留学先のスウェーデンで北欧的ミニマルライフを学んで帰国したデザイナーのジーン(チュティモン・ジョンジャルーンスックジン)は、自宅をデザイン事務所にリフォームしようと断捨離を決意する。家を出ていった父がかつて音楽教室を営んでいた小さな自宅ビルに、母(アパシリ・チャンタラッサミー)と兄、ジェー(ティラワット・ゴーサワン)の三人でジーンは暮らしており、そこはありとあらゆるモノで溢れかえっていた。

不要品を捨てて新しい生活を始めようと意気込むジーンだが、母はリフォームに大反対。
父が残したグランドピアノを捨てようとするジーンに、父を忘れられずにいる母は「これは私のもの。捨てないで!」と怒り心頭、家族は険悪な雰囲気になる。
事務所の内装を頼んでいる親友のピンク(バッチャー・キットチャイジャルーン)がジーンに会いに来た時、以前自分がジーンにプレゼントしたCDが捨てられているのを見つけ、ピンクは傷つき怒って帰ってしまう。

罪悪感を感じたジーンは貰った品々を友人、知人たちに返してまわるが、その中には昔の恋人、エム(サニー・スワンメーターノン)から借りたままのカメラもあった。
留学とともにジーンが一方的に連絡を絶ったまま会っていないエムに対面する勇気がなく、カメラを宅急便で送るものの、受け取り拒否で返送されてきてしまったのだ。自宅は片付いていくが、心はどんどん乱れていくジーン。彼女は過去と向き合い、断捨離を成功させられるのか?

不要だと思っていたモノたちを掘り起こすと、たくさんの人の気持ちが溢れていて、それはジーンが目をそらしてきた他人との面倒くさい関わりそのものだった。いまだに父を想う母、友人がジーンのために選んだ贈り物、気まずくなって疎遠になった友人、別れも告げず捨てた彼…。
モノは単なるモノではなく、捨てたからといって人との関わりは終わりではないとジーンは気づく。

断捨離やミニマルライフという”捨てる”思考と対極にある”捨てられない”感情や思い出との対峙を描いた本作は、第15回「大阪アジアン映画祭」でグランプリ(最優秀作品賞)を受賞した。
タイの若き監督ナワポン・タムロンラタナリットは長編デビュー作『36のシーン』(12)が第17回「釜山国際映画祭」でニューカレントアワードを受賞、2作目の『マリー・イズ・ハッピー』(13)は第70回「ヴェネチア国際映画祭」にて上映された。

ジーンを演じたのは『バッド・ジーニアス 危険な天才たち』(17)のチュティモン・ジョンジャルーンスックジン。これまで向き合わなかった人の想いに触れ、戸惑い、ときに落ち込みながらも変わっていくジーンを、抜群のスタイルとクールな外見ながらも、ホロリとさせる可愛らしさももったヒロインとして演じきった。ジーンの元恋人、エムにはタイのテレビドラマ、映画で活躍する俳優、サニー・スワンメーターノン。過去を静かに受け止める理知的な青年エムは本作の魅力のひとつとなっている。

時は年の瀬間近。本作を観て、自分にとって本当に必要なものはなんなのか、じっくり考えてみてはどうだろうか。

文 小林サク

『ハッピー・オールド・イヤー』
12/11(金)シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次ロードショー
配給:ザジフィルムズ、マクザム
(c) 2019 GDH 559 Co., Ltd.

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