身勝手な正義を振りかざす『ミセス・ノイズィ』レビュー
街で人だかりや騒動に遭遇すると、気になって足を止めた経験はあるだろう。その動作に加えてポケットからスマホを取り出し、写真や動画を撮る人を目にすることも多くなり、SNSで許可なく配信するなんてことも起きている。手軽さと侵害の垣根は、度を越えると取り返しのつかない状況を招いてしまうことを肝に命じたい。
引っ越してきたばかりの小説家・吉岡真紀(篠原ゆき子)は、スランプに悩みながらも家族とともに新居での慌ただしい生活をはじめる。かまって欲しがる娘・菜子(新津ちせ)を軽くあしらい、パソコンとにらめっこをしながらキーボードを打つが、早朝にもかかわらず隣のベランダから激しく布団を叩く音に苛立ちを隠せない。さらには娘を勝手に連れ出すなどトラブルが続き、隣人・若田美和子(大高洋子)に対して「非常識」のレッテルを貼る。
なんて迷惑なおばさん・・・。最初からそう印象付けられる本作は、ニュースなどでも報道されて話題になった騒音事件からインスピレーションを受けて制作されており、経緯も含めると、厄介な隣人に立ち向かうストーリーと想定できるはず。
しかし、よーく覚えておいていただきたい。その視点はあくまで真紀サイドであることを。
どうにかまたヒット作を生み出したいと焦る真紀は、トラブルを小説のネタとして書きはじめると、出版社から期待され、メディアにも取り上げられ、あれよあれよと注目を浴びる。しかも隣人をヒートアップさせるように煽り出し、バトルは最悪の方向へと歪みはじめる――。
『第32回東京国際映画祭』日本映画スプラッシュ部門にてワールドプレミア上映を果たした本作は、新鋭・天野千尋監督が構想に3年かけ、オリジナル脚本で手掛けた。キャストには演技に定評のある篠原ゆき子、「Foorin」のメンバーでもある新津ちせなど迎え、大人のケンカをエンターテインメントへと躍進させた。
なぜ、おばさんは布団を叩くのか。
ここが大きな分岐点となり、観客の視点も隣人へと導かれ、それこそが物語の基幹となっている。誰しにも事情や背景があることを都合よく忘れ、身勝手な正義を振りかざし、感情任せの独りよがりで周りが見えなくなってしまうのが人間の癖というもの。同時に、興味本位だけで集まる野次馬の存在を浮き彫りにすることで、現代の合わせ鏡のように問題定義を行っている。
サスペンスフルな展開に引き込まれながらも、他人ごとでは済まされない世の中になっていることを目撃し、予想外にも騒音おばさんに格好良さを感じる爽快さに感服。あくまでエンタメ作品ではあるものの、「ムカつく」「腹が立つ」は黄色信号であり、感情的になる前に裏側に目を向ける教訓を改めて意識したくなるだろう。
文 南野こずえ
『ミセス・ノイズィ』
配給 アークエンタテインメント
© 「ミセス・ノイズィ」製作委員会
2020年12月4日(金)TOHOシネマズ 日比谷ほか全国公開