「山形国際ドキュメンタリー映画祭2019」遠征レポート
隔年開催される、ドキュメンタリー作品に特化した「山形国際ドキュメンタリー映画祭」。
台風19号の影響を受けて、上映作品の差し替えやイベントが中止される緊急事態が起こったものの、2019年10月10日から17日までの8日間、無事に行われた。
世界の最新ドキュメンタリー作品を上映する『インターナショナル・コンペティション』、アジアの才能を紹介するコンペティション『アジア千波万波部門』にノミネートされた作品の他にも、長編・短編に関わらず世界中の秀逸な作品に触れられるのが、この映画祭の特色。今回は176本もの作品が上映された。
台風明けの14日、筆者は夜行バスで現地入り。映画祭の模様をレポートする。
10時からインド映画の短編3作品が上映されるソラリス1という会場へ。最初に上映される『新しい神々に祈る』のみ鑑賞した。インドの少数民族における、宗教や信仰の現在が映し出された28分間の短編作品。記録映画のように淡々と流れるが、雄弁な映像に釘づけになった。
11時からは、フォーラム3で上映される『ハルコ村』を観ることに。アナトリアのクルド人が暮らすハルコ村をテーマとした作品。外国へと出稼ぎに行く男たちに取り残され、子供と女性たちで暮らす貧しいハルコ村のリアルな日常描写が興味深い。風景や登場人物は地味ではあるが、インパクトは強烈。17日に『アジア千波万波部門』奨励賞を受賞したのも納得だ。
会場を出ると、時刻は午後1時過ぎ。昼食はそば屋で済ました。15日の0時には再び夜行バスで山形を後にする短時間滞在なので、山形の郷土料理店や人気店を探す時間はない。かといって、ファーストフードやコンビニ飯は避けたいところ。そこで選んだのが、もりそば。午後からの上映時に睡魔に襲われる危険性が頭をよぎったが、食欲に負けて完食。次の上映までの間、駅前を探索しながら展示が行われている山形まなび館に向かった。
小学校の校舎を再利用して、観光・交流・学びの拠点施設として利用されている山形まなび館。建設されたのは昭和2年。山形県下初の鉄筋コンクリート造校舎である。『大野一雄&元藤燁子 舞踏の会』『やまがたと映画館』のふたつの展示を、時間をかけて堪能してきた。
午後5時からは、山形まなび館から徒歩5分のところにあるフォーラム5にて『ノー・データ・プラン』を鑑賞。アメリカに不法滞在しているフィリピン人のミコ・レベレザ監督が、ロサンゼルスからニューヨークまでの3日間、自分自身や母の浮気のことなどを考えながら、列車から見た風景を斬新な感覚で撮影した異色作。トークイベントに登壇した監督は「作ろうと思って作った映画ではない。長い移動中のひまつぶし」と語った。それゆえにドキュメンタリーならではのリアリティある映像が撮れたのでは。
続いて、18時35分から上映される『ラ・カチャダ』を観るために、山形市中央公民館ホールへ。
エルサルバドルの露店で働くシングルマザー5人が、演劇のワークショップへの参加をきっかけに、講師と一緒に劇団ラ・カチャダを立ち上げて活動するという物語。シングルマザーたちが幼少期に直面した虐待・妊娠・貧困といったトラウマを役作りに取り入れようとする講師と、5人との濃密な関係が描かれている。
トークイベントで、スペイン出身のマレン・ビニャヨ監督は「彼女たちに出会って、目が開かれる思いでした。この事実を伝えたい」と語ったように、女性監督だから可能だった一歩踏み込んだ撮影に成功した。
最後の上映場は、山形市民会館小ホール。20時45分から振替上映される『イサドラの子どもたち』を観た。ダンサー出身のダミアン・マニヴェル監督ならではの視点によって、伝説的ダンサーであるイサドラ・ダンカンの100年前の作品『母』を踊る4人の女性たちが映し出されている。エリック・ロメール作品を彷彿とさせるナチュラルなトーンが魅力的だ。
会場を出てから映画祭の関係者たちが集まる酒場、香味庵に行ってきた。いも煮を食べながら知人と談笑。半日の滞在だったが、充実していたといえよう。
唯一の心残りは、ワンビン監督作『死霊魂』を鑑賞できなかったこと。ただ、8時間に及ぶ大作を、夜行バスで山形入りした睡眠不足の筆者が眠らない自信はなかったので、仕方がないのだが。
『死霊魂』は17日に『インターナショナル・コンペティション』でロバート&フランシス・フラハティ賞(大賞)と、市民賞を受賞。いずれ観る機会が訪れると信じて、夜行バスに乗って東京へ。
取材・撮影 シン上田