永瀬正敏が原案を手掛けた幻の中編作『いきもののきろく』レビュー
長い間、日の目を見る機会がほとんどなかった中編作『いきもののきろく』。製作のきっかけは、名古屋にある映画館・シネマスコーレの木全純治氏。2013年、同所にて公開中だった『戦争と一人の女』の舞台挨拶に、井上淳一監督と訪れた永瀬正敏に、木全氏が中川運河を舞台とした作品の監督を依頼。永瀬は出演のみを快諾し、監督に井上を指名した。
ふたりはすぐにロケハンへ。二日後には永瀬からプロットが、井上のもとに届いた。井上は東日本大震災後のイメージをさらに重ねて脚本を執筆。そして完成したのが廃墟化した世界に取り残された、癒えない心の傷を抱えた男と女の物語である。
本作の上映は11年間に数回のみ。幻と言われる所以である。
登場人物は永瀬正敏とミズモトカナコ。男女ふたりだけ。セリフはなく、重厚なモノクロ映像と字幕で進行していく。映像はシンプルだがとても雄弁だ。それゆえ緊張感を持って、想像力を稼働して凝視することになる。
瓦礫を集めて筏を作る男、見つめる女。自然と距離が縮まり、女も筏を作るように。明快な答えは用意されていない。ただ、時間の経過と共に瓦礫で筏を作る意味が少しずつ、なんとなく伝わってくる。だからといって難解では決してなく、メッセージもしっかり届くはずだ。
絶妙なタイミングで流れる主題歌『時代はサーカスの象にのって』も強く突き刺さる。イントロのギター、PANTAの歌声がとてもせつない。作品の世界観にマッチすると共に、より深みを与えたといえよう。
文 シン上田
『いきもののきろく』
配給:ドッグシュガー
2024年3月28日(木) アップリンク吉祥寺他全国順次公開