今、ふたたび巡り会うパリの愛『パリ3区の遺産相続人』レビュー


32. Maggie Smith as Mathilde,
麗しの国、フランスには独特の不動産相続システムがあるのを御存知だろうか。「ヴィアジェ」と呼ばれる売買システムで、ヴィアジェは“終身”という意味だ。
不動産を売却しても売主は亡くなるまで住み続けることができ、買主はすぐに住むことができない。
売主が亡くなれば家は買主に引き渡される。買主は一時金と毎月家賃を支払う必要があり、売主が亡くなるまで家賃を払い続けなければならない。
そんな前知識を頭に入れておくと、この作品の面白みはぐっと増す。

ニューヨークからパリへやって来た男性、ジム(ケヴィン・クライン)。
亡くなった父からパリ・マレ地区にあるアパルトマンを相続し、調べにやってきたのだが、ジムはこの相続に並々ならぬ期待を抱いていた。
と言うのも彼は離婚三回、子供は無し、仕事も失敗続きで、57歳にして先の見えない人生だ。
アパルトマンを売却した金で再出発するべく意気揚々とやってきたジムは、無人だと思っていたアパルトマンでマティルド(マギー・スミス)という老婦人(90歳!)に出くわしてしまう。

43年前、ジムの父がマティルドからアパルトマンを購入し、その後も彼女は住み続け、ヴィアジェのために、マティルドが亡くなるまで売り払うことは出来ず、それどころかジムが家賃を払わねばならない!
追い討ちをかけるように、マティルドの娘クロエ(クリスティン・スコット・トーマス)まで同居していることが分かり、ジムの企みを見抜いたクロエは、家賃を払わなければ不法侵入で訴えると脅してくる。

何とか金を手にしたいジムは、あの手この手で画策し、不動産屋に見積りに行くわ、ヴィアジェ込みで買い取る気のあるビジネスマンに接触するわ、挙げ句にマティルドの主治医に彼女の余命を聞きに行く(亡くなったら売り払えるため)!
何とも情けない57歳。
対照的に、今でも英語教師としてレッスンを行うなど頭脳明晰なマティルドは、愚かなジムに呆れつつも追い出そうとはしない。
娘のクロエは強気で口が達者、手強すぎる母娘にお手上げ状態だ。

アパルトマンで売り払える品を物色していたジムは、一枚の写真を見つける。
そこに書かれていたのは一つのメッセージ。
「あなたに愛されないなら、誰の愛もいらない」ー。

それをきっかけに、登場人物それぞれの秘められた想いが明らかになってゆく。
疎遠だった亡き父は、なぜ家族を省みず、ひたすらパリを愛し続けたのかー。
真実が明らかになったとき、そこにはそれぞれが対峙しなければならない痛みがあった。
父との関係に苦悩し続けたジム、傷つきながら成長したクロエ、自分の選択に誇りをもって生きてきたマティルド。

誰かを愛することは、時に誰かを傷つけることー。誰かを愛せば、他の誰かに注ぐ愛の量は減るー。
愛を求め、秘めて生きてきても、報われることは難しい。しかし、望む形ではなくとも愛は常にそばにあり、そしてこれからだって、手にできる。そう思えた時、人は真実を乗り越え、また希望を見いだせるのだ。

元々が舞台劇という本作は、その特色を生かし限られたシチュエーション、少ない登場人物での濃密な会話劇が中心だ。
キャストには、名俳優が揃い踏み。
舞台経験も豊富なアカデミー賞俳優ケヴィン・クライン、『ハリー・ポッター』シリーズでもお馴染みの名女優マギー・スミス、両者とは共演経験もある、こちらも間違いなく名優クリスティン・スコット・トーマスと、万全の布陣で、リアリティ溢れる人間ドラマを見せつけてくれる

秋のパリが見つめた、ビターでスウィート、そしてやはりビターな味わい深い大人の愛の物語を劇場で堪能してみてはいかがだろうか。

文 小林サク

『パリ3区の遺産相続人』
(C)2014 Deux Chevaux Inc.and British Broadcasting Corporation.All Rights Reserved.
11月14日(土)より公開

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