月面フーテンSwinging!『ムーン・ウォーカーズ』レビュー


「ムーンウオーカー」main
深いジャングルを割って、敵軍の兵士が迫る。AK-47からフルオートで放たれる7.62弾が容赦なく体を掠める深い密林では、一瞬の気の迷いが文字通り命取りとなる。一斉掃射を潜り抜けた彼は人民軍の兵士を組み敷くと、拳を躊躇なく振り下ろし続ける。敵兵が吐き出す血飛沫が羽根枕の羽毛に変わり始めると、空を覆う熱帯の樹々は見慣れた寝室に変容する。鳴り響くアラートは、警戒(Warning)ではなく朝(Morning)を報せる電話のベルであった――。
――ベトナム帰りのCIA諜報員・キッドマン(ロン・パールマン)は、深刻なPTSD(心的外傷後ストレス障害)に悩まされている。

今夜は、特別なステージだ。なんせ、オーディエンスは大入り、その上、スカウトも紛れ込んでると来た。なのに、ライブは大失敗。楽屋に大挙押し寄せる怒れる観客は、さながらゾンビの群れ。ヴォーカルのグレン(エリック・ランパール)が唄いながらアソコを触るパフォーマンスを売りにしている【イエロー・ブラックガーズ】のようなバンドは、このクラブではお呼びでなかったのだ。ほうほうの態でトランスポルターに乗り込んだ面々は、バンドの惨状を無能なマネージャーに押し付ける――。
――ギャングからの借金をバンドに注ぎ込んだマネージャー・ジョニー(ルパート・グリント)は、こうして職を失った。

『ヘルボーイ』シリーズ(監督:ギレルモ・デル・トロ/2004・2008年)のロン・パールマンと、『ハリー・ポッター』シリーズ(監督:クリス・コロンバス、アルフォンス・キュアロン、マイク・ニューウェル、デビッド・イェーツ/2001~2011年)のルパート・グリントと言う名優が顔を合わせる『ムーン・ウォーカーズ』は、世紀の“ブラック・スラップスティック・アクション・コメディ”に仕上がった。
アントワーヌ・バルドー=ジャケ監督は、CM界の天才監督として名を馳せていたものの、長編映画はこの『ムーン・ウォーカーズ』が初メガホンとなる。そんなインディペンデント・プロダクションの作品にハリウッド俳優をキャスティング出来たのも、ひとえにジャケ監督の脚本の良さであろう。
1969年7月20日、アポロ11号から送られて来たとされる人類初の月面着陸の映像は、実はスタンリー・キューブリックが制作した捏造であった――今や一部の“トンデモ陰謀論者”ですらネタにしか使わないような都市伝説を、大胆にも真正面からフィーチャーしたハイコンセプト・ムービー……それが、『ムーン・ウォーカーズ』なのだ。
「ムーンウオーカー」sub1
凄腕CIA諜報員・キッドマンに、極秘指令が下る。アポロ計画の目玉である有人月面着陸が成功しなかった場合、NASAのみならず合衆国の威信は地に落ち、ソヴィエト連邦の後塵を拝する事態に陥る。そこで、失敗した時の“保険”として捏造映像をスタンリー・キューブリックに撮らせるのが、キッドマンの任務である。任地は、ロック・ミュージックが溢れ、マリー・クワントのミニスカートとヴィダル・サスーンのボブヘアーが通りを埋め尽くす、ストリート・カルチャーの中心地“スウィンギング・ロンドン”イギリス。
“誰もが愛国者となる”程の制作費を手にロンドンのエージェント・デレク(スティーブン・キャンベル・ムーア)を訪ねたキッドマンだったが、借金取りに狙われているジョニーがルームメイトのジャンキー・レオン(ロバート・シーハン)と共に一芝居打ち、大金をせしめてしまう。
“捏造映画”の制作は遅々として進まない中、アポロ11号は遂に打ち上げられる。前衛映画監督・レナータス(トム・オーデナールト)、ヤミ金の取り立て屋・ポール(ケヴィン・ビショップ)、謎の美女・エラ(エリカ・セント)らを巻き込んだドタバタ劇の果て、彼らは……人類は、何を観るのか――。

単なるスラップスティック・コメディでは終わらず痛快な社会批判を全編に纏わせる辺り、『ムーン・ウォーカーズ』はヨーロピアン・ムービーの薫りを強く放つ。それもそのはずで、この作品はフランス・ベルギー合作映画である。そして、アクション色が思いのほか強烈なことも見逃せない。ラスト10分、R-15+のレイティングも納得のバイオレンス描写が光る。
また、完全再現された60年代最終盤の円熟した“スウィンギング・ロンドン”が、素晴らしい。若者が溺れた“Sex,Drug,Rock’n’Roll”――フリー・セックスを信条とするライフ・スタイル、ラヴィン・スプーンフルやクリーデンス・クリアウォーター・リヴァイヴァルらの60’sサウンドが、作品に確固たる一本の軸を通している。そして、他の作品では素通りされがちな、シンナー、コカイン、アヘン、アシッド(LSD)等のドラッグ文化が作品に深く係わっていることも注目したい。時代を席捲したヒッピー・カルチャーが目指した究極“ラヴ&ピース”の行く末が、痛烈なメタファーとして描かれている。

――まあ、堅苦しいことは抜きにして、サイケデリックな“パラレル・アポロ計画”を楽しもう。
ジャケ監督と言う新たな才能のおかげで、私たちはドラッグ無しでも94分間のナチュラル・ハイ・トリップが楽しめる。

文 高橋アツシ

『ムーン・ウォーカーズ』 【R15+】
© Partizan Films- Nexus Factory – Potemkino 2015
提供:日活、バップ 配給:日活
11月14日(土)より、ピカデリーにてロードショー

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