スタッフ兼俳優、二刀流・岸原柊の挑戦「リアルな風見先生になりたい」インタビュー
映画『侍タイムスリッパー』、そして7月16日よりBS-TBSにて放送となるスピンオフドラマ『心配無用ノ介 天下御免』。両作品でスタッフ兼俳優として参加した岸原柊。これまでのキャリアとともに、なぜ珍しい“二刀流”の道を選んだのか。ニュータイプの俳優像を体現する岸原の魅力に迫るクローズアップインタビュー。
■これまでのキャリアについて
今29歳なんですけど、27歳まで関西で活動していて、2年前に東京へ出てきました。大学生になった18歳から芸能の道に進んだのですが、もう少し細かくいうと、どうすれば俳優になれるのか分からなかったので、高校生の頃にフィルムコミッションのボランティアスタッフなどに参加しながら模索していました。ただ、部活を休んで参加していたことが親にバレてしまい怒られまして。その時にはじめて「俳優になりたい」という思いを伝えました。でも、理解してもらうまでに1年以上かかって大変でした。

僕の夢は「仮面ライダーになること」で、小さい頃から今に至るまで、ずっと変わっていません。なので最初にやっていたのは、ヒーローショーのスーツアクターなんです。アクションが好きだったので、当時所属していた事務所のマネージャーさんが、東映剣会の門下生を育成するプロジェクトを紹介してくださって、そこで2年間殺陣を学びました。その当時の講師だった東映剣会の高橋弘志さんが、松竹の殺陣選抜チームに僕を推薦してくださったんです。それをきっかけに松竹配給作品を中心に、仕出しや斬られ役として時代劇の現場に携わるようになりました。27歳までその活動を続けていましたね。
■30歳を前に決断した上京
本当はコロナ禍の頃に上京する予定だったのですが、情勢的に難しくなってしまって。もうアラサーだし、このタイミングを逃したら東京へ行くチャンスはないなと思いました。
上京を決意した理由はいくつかありますが、関西は朝ドラや時代劇のイメージがあり、多くの作品は東京で企画や制作体制が固まってから関西で撮影されるという裏側を知るうちに、俳優としてしっかり作品に関わるためには東京にいる必要があると気づいたんです。関西にいたままでは売れないかもしれないと感じたことも大きかったですね。もちろん斬られ役は素晴らしい仕事です。でも『侍タイムスリッパー』の関本さんの言葉にもあるように、やはりスター側、斬る側への強い憧れはあります。斬られ役一本で進むと決めるには、まだ早いかもしれないと思ったんです。
斬られ役を経験し、東京で売れて、また時代劇の現場へ戻ってくる。――まさに『侍タイムスリッパー』の“リアルな風見先生になること”が僕にとって理想のキャリアですね。

■『侍タイムスリッパー』との出会い
関西で時代劇の仕事を続ける一方で、インディーズ作品にも関わるようになりました。俳優だけで生活するのは簡単ではありませんし、より深く作品に関わりたいという思いもありました。出演しながら空き時間にはスタッフとして働くことで、映像業界の仕事だけで生活できる仕組みを自分なりに構築しました。
『侍タイムスリッパー』のメイキングを担当していた片岡礼子監督の作品で、僕はキャスト兼スタッフとして参加していました。その作品の撮影監督が安田淳一監督だったんです。片岡監督の2作品で顔を合わせる機会が増え、『侍タイムスリッパー』を撮るという話も聞いていました。ただ、その時点でキャストはすでに決まっていたので、俳優として参加する余地はありませんでしたが、スタッフが足りないことも聞いていたので、スタッフとしての参加を希望しました。
当日まで何を担当するのか聞いてなかったんですけど、蓋を開けてみたら照明部でした(笑)。出演も当日まで知らず、数合わせのスタッフ役エキストラ的な感覚だったんです。ところが、編集中の映像を見ると思っていたよりも映っていて(笑)。オーディションも受けてないし、スタッフとして参加していたところから、結果的にキャストとしても作品に残る形になりました。たぶん、いちばんレアなタイプですね(笑)。

■『侍タイムスリッパー』の快進撃
これまで自分が関わってきたインディーズ作品のなかでも、台本はダントツに面白かったですね。もちろんヒットが約束されていたわけではありませんが、「なんとかして世に出したい」という気持ちは、関わった人たち全員が持っていたと思います。僕もその一人でした。時代劇に携わってきたからこそ、その制作の大変さもわかっていますし、自分のスキルが少しでも力になればという思いで参加していました。
だからこそ、あれだけ大きな話題になったのは本当に嬉しかったですね。本業は役者なので注目されることに生き甲斐を感じますし、一時期はかなりエゴサーチもしていました(笑)。ファンの方から差し入れをいただくことにも憧れていたので、それを経験できたのもすごく嬉しかったです。
■ヒット後、東京で起きた意外な変化
上京理由の一つとして、『侍タイムスリッパー』にスタッフ兼キャストとして参加した実績を引っ提げて、セルフプロデュースで売り込みをかけているんです。すると……裏方の仕事が増えました(笑)。とてもありがたいことなのですが、複雑な気持ちも少しありますね。ただ、映像業界の仕事だけで生活するという意味では、東京に来たことで大きく前進しました。
■『心配無用ノ介 天下御免』の打診
決まってましたね(笑)。『侍タイムスリッパー』のスタッフグループLINEで連絡が来たんです。事前に『侍タイムスリッパー』の世界観を大切にしたいという話も聞いていたので、心の準備はできていました。スタッフ役として出演するだけでなく、案の定、スタッフとしても参加することになりました。

■『心配無用ノ介 天下御免』撮影現場で感じたこと
お客さんが見守ってくれている撮影現場なので人の目を気にするというか。役者としてはカッコつけたいんですよね。でも、そんな余裕はありませんでした。これまで裏方として培ってきた経験も活かしながら照明部としてのプライドも芽生え、「ちゃんと作品づくりに関わっている」という実感がありましたね。
■二刀流だからこそ見えた景色
俳優を目指していて伸び悩んでいる方は、ぜひ裏方を経験してほしいですね。映画を観たりワークショップに参加することも大切ですが、スタッフの苦労を体感することで見える景色があります。僕自身、最初は勉強のつもりでしたが、今ではそれが生業の一部になっていますし、スタッフとして働きながら学べます。照明がどう当たっているのか、カメラにどう映っているのか、客観的に理解できるようになるんです。監督の演出も間近で見られるし、顔を覚えてもらえるアピールの場でもありますね。俳優として生きていくうえで、決して無駄にはならない経験だと思います。
■岸原柊、今後の展望
売れたいですね、俳優として(笑)。自分のことを知ってくださる方が増えてきたのは本当に嬉しいです。だからこそ、プライベートでも見られている意識は持っていたいです。それに見合う認知度を上げていくことは必要なので、他力本願ではなく、自分のスタンスで仕事を獲得していくことも続けていきたい。そして安田監督が掲げる「映画でスターを生む」という言葉。そのひとりに、いつか僕もなれたら嬉しいですね。
【おまけ】岸原柊、撮影の合間に続けた“恩返し”

撮休日やクランクアップ後には、京都駅近くの「カフェBMS 京都本店」で岸原の姿を見かけることもあった。同店は『侍タイムスリッパー』、『心配無用ノ介 天下御免』のスタッフである江原三郎・貴子夫妻が営むアットホームなカフェ。
店内には『侍タイ』のポスターが壁一面に貼られており圧巻。また、『侍タイ』関連の様々な資料やキャストのサイン、さらにはメイキング映像も上映されている。タイミングが合えば、フレンドリーな店主から撮影秘話を聞けることも。岸原は撮影期間中、江原夫妻宅に居候としてお世話になっていたことから、その恩返しとして時折カフェを手伝っていた。こだわりのブルーマウンテンと人気急上昇中のたまごサンドを味わいながら、全方位から『侍タイ』の世界観に浸れるファンにとって見逃せないスポットとなっている。
取材・撮影 南野こずえ