Usual Life…綺麗やなって、思うたよ 『恋人たち』レビュー


恋人たち
人間とは、自分と他人とを比較してしまう生き物である。そして、自者と他者の立場の優劣を主観的に(稀に、客観的に)判断し、一喜一憂してしまう生き物である。
例えば、富民と、貧民。加害者と、被害者。貴族と、庶民。既婚者と、未婚者。健常者と、依存者。勝者と、敗者。同性愛者と、異性愛者。賢者と、愚者。年長者と、年少者。正常者と、異常者。そして、生者と、死者。
他者を貶めることで、自分の居場所に価値を見出す――謂わば“逆説的肯定”を求めてしまう。

篠塚アツシ(篠原 篤)は、橋梁の点検技師。ハンマーの打音で内部の状況を把握できる。しかし、通り魔に殺された亡き妻のことで精神的にも社会的にも生活が困難だった時期があり、健康保険すら滞納を繰り返している。「右ヨシ!左ヨシ!」現場で指差し確認する彼の瞳の奥には、『何が“ヨシ”だ!』と吐き捨てたい情念が見え隠れしているようだ。
高橋瞳子(成嶋瞳子)は、平凡な主婦。日々の挨拶も交わさない夫(高橋信二朗)や姑(木野 花)との関係は良好とは言い難いが、皇族関連のビデオ鑑賞や、小説書き、イラスト描き等、現実逃避できる趣味を持っている。そんな彼女に、転機が訪れる。職場で知り合った男・藤田(光石 研)とひょんなことから肉体関係を結び、共同経営を持ちかけられたのだ。
四ノ宮(池田 良)は、優秀な弁護士。柔らかい物腰とは裏腹に、エリート意識が強い高圧的な完璧主義者で、時折顔を覗かせる詰問口調は同棲中の恋人(中山求一郎)を深く傷付けている。ある日、負傷して入院した彼のもとに、学生時代からの親友・聡(山中 聡)が家族を連れて見舞いに来た。四ノ宮が取った他愛のない行動は、後々思わぬ波紋を呼ぶ。

主要キャラクターである三人は、人生に絶望している。
生活に困窮する篠塚は、隠しきれないほどの鬱憤を抱え、心と体を擦り減らしながらどうにか糊口を凌いでいる。
家族とのコミュニケーション不全は瞳子を日々苦しめ、現実逃避が限界に達すると、外界に救いを求めてしまう。
エリート弁護士の四ノ宮ですら、心の拠り所であった人間関係が断たれた途端、精神の平衡を保てなくなる。
この作品に於ける“恋人たち”とは、単に恋情に身を焦がすだけの存在ではない。
人生に強い渇望を覚え、何かを乞い求める人たちである。そう、“乞い人たち”なのだ。

キャスティングが、全て――そう言い切ってしまって差し支えないほど、出演者たちは役に嵌まっている。どんな小さな役であっても、一人ひとりが映画の中で“生きて”いる。特に主要キャストはほぼ無名と言っていい3名であるが、素晴らしい熱演を見せる。
篠原 篤、成嶋瞳子の2人は、橋口亮輔監督の手による中編映画『ゼンタイ』(2013年/62分)に引き続いての出演である。『ゼンタイ』撮影時と同じく、橋口監督が主催するワークショップへの参加が、出演の切っ掛けとなった。このワークショップは、いけ好かないだけの人物と思われた四ノ宮に凄まじく魅力的な生命を吹き込んで見せた、池田 良も参加している。自らが見出した未知の才能を主演に抜擢し、とんでもない傑作に仕上げてみせる――『ぐるりのこと。』(2008年/140分)から7年、橋口亮輔監督の手腕は冴えわたるばかりだ。
そして、黒田大輔が、木野 花が、光石 研が、安藤玉恵が、内田 慈が、リリー・フランキーが……とにかくもう、出てくる人全員が素晴らしい。

“乞い人たち”は、絶望の中から救済を見付ける訳ではない。しかし、希望を得ようと足掻き続ける。
空を見上げるのも良いし、大地に目を落とすのも良い。だが、絶望の中で藻掻く時は、どこを見たって同じだ。暗闇の中では、顔を向けた先が常に“前”なのだ。
悲嘆の底で見付けた希望――それは、“逆説的肯定”ではなく、“積極的受容”であった。

“逆説的肯定”で安寧を求めてしまうのも人間であるが、そのような人生が無意味だと悟るのもまた、人間である。
他者と区別するため、あるいは自身を護るため、人は境界線を引きたがる。しかし、鉄壁のように思っていた自分と他人とを隔てるボーダーラインが、実は蜘蛛の巣ほどの脆弱な境であったことを、もしくは壁自体が存在していなかったことを、“越境”した者は知るのだ。

絶望と言う真っ暗闇で立ち竦む者の肩に、橋口亮輔監督はそっと掌を置く。
そして、進むべき方向が判らず佇む者の耳に、静かに語りかける。
「大丈夫。あなたが見ているのは、前だよ」、と。

文 高橋アツシ

『恋人たち』
キャスト:篠原篤、成嶋瞳子、池田良、安藤玉恵、黒田大輔、山中崇、内田慈、山中聡、リリー・フランキー、木野花、光石研 監督・脚本:橋口亮輔
公式サイト
©松竹ブロードキャスティング/アーク・フィルムズ
11月14日(土)テアトル新宿、テアトル梅田ほか全国ロードショー

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