その女、非情なりーー『女神の見えざる手』レビュー
“ロビー活動”とは、特定の団体のために官僚や政治家に働きかけ、団体に有利な政策が実行されるようにする活動であるーー。ロビー活動を行う人びとは“ロビイスト”と呼ばれる。アメリカにはロビイストが約3万人いるとされ、ワシントン、ホワイトハウス近くの「Kストリート」にはロビイストの会社が連なっている。アメリカ政治の根幹に食い込む職業であり、トップロビイストになると年収100万ドル超えもあり得る。
エリザベス・スローン(ジェシカ・チャスティン)は、業界で知られるトップロビイスト。完璧な仕事ぶりで地位を築いた彼女に舞い込んだのは、銃規制法案に対して女性の銃保持を認める働きかけをし、廃案に持ち込むという依頼だった。
銃規制に賛成のエリザベスは信念を曲げることを拒み、上司のデュポン(サム・ウォーターストン)から退職を迫られる。法案賛成派のロビー会社CEO、シュミット(マーク・ストロング)から移籍の誘いを受けたエリザベスは、そこで法案成立のために闘い始めるが、彼女がとった方法は規範から逸脱したものばかりだったーー。
あらゆる状況を予見し、勝利するための戦略を練る、ロビイスト。その中でも抜群に有能なエリザベスは、強烈なアイアン・ウーマンだ。
早口で持論をまくし立て、相手に考える余地を与えない。仲間にも本心を明かさず、個人プレーも多い。激昂するふりをしながら何手も先を読み、沈着冷静。すべては彼女によって緻密に練り上げられたプランなのだ。仕事が彼女のすべてで、それ以外の欲求、食事や男性への性欲すらーーは事務的に処理するだけのモノ。闘いに勝利すること、それが彼女の唯一の信念だ。
そんな強すぎる女が挑むのは、銃規制法案を巡る手に汗握る攻防だ。議員への接待、スパイばりの諜報活動、相手陣営のスキャンダルを暴露し潰しにかかるなど、合法すれすれの活動を行うロビイストたちの内幕が赤裸々に描かれる。
一勝したかと思えば打ち負かされ、お互いに戦略を駆使し、駆け引きを繰り広げる頭脳戦から目が離せない。エリザベスは、勝利のために仲間を道具に使い、周囲が眉をひそめる中、冷徹に作戦を実行していく。
政治家の審議よりロビイストの戦略によって法案成立が左右されてしまう状況や、銃所持に関するデリケートな議論など、アメリカ社会のダークな部分を遠慮なしに、知的に、かつ高いエンターテイメント性をもって描いており、見応え十分だ。見事な演出手腕を発揮したのは『恋におちたシェイクスピア』で知られるジョン・マッデン監督。
圧倒的な存在感と美貌、野心と知性、そして奥深くに隠された弱さをもち、あらゆる可能性を予見する万能の女神・エリザベスを演じたのは『ヘルプ~心がつなぐストーリー~』、『ゼロ・ダーク・サーティー』など数々の作品で活躍する人気女優ジェシカ・チャスティン。エリザベスはジェシカ以外考えられないほどのはまり役だ。
脇を固めるのは『キングスマン』のマーク・ストロング、『インターステラー』のジョン・リスゴー、テレビドラマ『LAW&ORDER ロー&オーダー』のサム・ウォーターストンなどベテラン俳優と、エリザベスの部下にはアリソン・ピル、ググ・バサ=ローなど数々の作品でキャリアを積む若手俳優たちが結集した。
果てしない騙し合いと攻防の果てに、闘いはどんな結末を迎えるのか。そこには、けして正体を掴ませない女の真実が少しだけ見えるかもしれない。
文:小林サク
『女神の見えざる手』(原題:MISS SLOANE)
© 2016 EUROPACORP – FRANCE 2 CINEMA0
公式サイト miss-sloane.jp
10月20日(金)TOHOシネマズシャンテほか全国ロードショー