美と利をもった達人たち『疾風スプリンター』レビュー


作品鑑賞を劇場で嗜むシネフィルは、決まってエンドロールまで観尽くしてから席を立つ。
そもそも映画に相応しい位置の座席で鑑賞することに拘る映画ファンは、作品の途中で席を離れることは想定していない。気持ち良く座っている人の膝を押しのけながら平身低頭して中座することを考えるなら、誰がど真ん中のシートを選ぶものか。
やれハリウッドのスタッフ組合に毒された悪しき慣習だとか、やれ作品鑑賞の足を引っ張るだけの商業主義の象徴であるとか否定派も多いが、筆者はエンドロールが好きだ。
スターの思わぬオフショットに笑い、時に本編以上にスリリングなNGシーンを提供してくれる、アクション映画のエンドロールを楽しみにするファンも多いだろう。『モテキ』(2011年/118分)『バクマン。』(2015年/120分)など、本編と変わらぬ力を注いでいるのではないかと思ってしまうエンドロールは、大根仁監督作品の特徴だ。近作では『この世界の片隅に』(監督:片渕須直/2016年/126分)が、短編アニメーションを観るかのような素敵なエンドロールであった。クラウド・ファンディングで出資してくれた大勢の方々への感謝を表すため控え目に添えられた動画を見て、やはりエンドロールも作品の一部なのだと痛感した。
文字だけのエンドロールだって、感慨深いものだ。漢字、ハングル、アルファベット(そして、時に日本語)とスクリーンの横幅一杯に並ぶキャストの表記は、目で追うだけで楽しい。そんなスター達の並び順に、ドキリとさせられる時もある。カメオ出演していた意外な人の名前を見付け、再度の観賞を決意することだってある。意味どころか発音すら想像できない文字が並ぶエンドロールで、せめて使用楽曲だけでも知ることは出来ないものかと暗闇の中で目を凝らすこともある。

エンドロールも終盤に差し掛かると、銀幕には意匠をこらした図形や飾り文字が並ぶ。映画に出資したスポンサーの企業ロゴだ。映画ファンの先輩の一人は、この企業ロゴのことを“墓碑銘(エピタフ)”と呼んでいた。なるほど、色々な形のロゴがスクリーンを埋める様は、墓所、それも外人墓地を思い起こさせる。企業スポンサーによって資金は潤沢になるものの表現の自由に枷を嵌められた映画にとって、画面一杯に並ぶ“墓石”は、さながら魂の墓標の群れなのかも知れない。

だが、そうではない映画も、あるのだ。
2017年1月7日(土)より全国公開となる『疾風スプリンター』(香港・中国/2015年/125分)を観て、改めてそう思った。

MERIDA、Champion System、KMC Chain、OAKLEY、GARMIN、Vision、FSD、CERVÉLO、Vittoria、KUOTA、SHIMANO、BELL、SIDI、RITCHEY、MASI bisycles、KENDA、NorthWave、MET、TUFO、KABUTO、SUPER B、VP、ELITE、DMT、TOKEN、zerorh+……『疾風スプリンター』のエンドロールにも、スクリーンを丸々2枚使っても足りないほどの企業ロゴが画面を埋め尽くす。しかし、これは断じて“墓標”などではない。『疾風スプリンター』という作品の熱さに打たれたスポンサー企業の“魂の檄文”である。
上記は、全て自転車関連のメーカーである。『疾風スプリンター』は、これだけのサプライヤーに機材提供されているのだ。
これだけでも作品の“本気度”が窺い知れるというものであるが、なんと『疾風スプリンター』の監督は、ダンテ・ラムなのである。『激戦 ハート・オブ・ファイト』(2013年/116分)『ツインズ・エフェクト』(2003年/107分)など香港のみならず世界の映画ファンが注目するアクション映画の寵児ダンテ・ラム監督の手腕により、大迫力かつ高密度の誰も観たことのない自転車映画に仕上がった。“新たなる自転車映画の地平”とでも呼びたい傑作、『疾風スプリンター』はそんな作品である。

『疾風スプリンター』ストーリー:
チウ・ミン(エディ・ポン)とチウ・ティエン(ショーン・ドウ)は、屋内トラックで過酷なタイムトライアルに挑む。資金難に喘ぐ新興チーム“レディエント”とはいえ、やはりプロツアーにエントリーするロードレース・チームの一員になるのは容易ではない。見事に合格した二人はチームのルーキーとして、エースであるチョン・ジウォン(チェ・シウォン)のアシストという重要な役目を任される。ジウォンは、弱点をチーム監督と二人三脚で克服し、オールラウンダーの脚質を磨きあげたアジアロードレース界のトップ選手だ。
ミンは典型的なスプリンターで、下り坂や急カーブで一気に加速する爆発的な瞬発力を持つ。また、その我の強い性格はエース向きで、チームの絶対的エースであるジウォンも、ミンには一目置いている。対してティエンは、TT(タイムトライアル)スペシャリストに近い選手だ。上り坂という弱点を持つが、時にパンチャーと呼びたくなるほどの瞬発力を持ち、チームのアシストとして抜群の信頼を得ている。エース・ジウォンとミン、ティエンの活躍により、同じリーグのトップチーム“ファントム”に肉薄するポイントを重ねるチーム・レディエントは、一躍ツアーの台風の目となる。
ヒルクライムのチーム練習の最中、ミンとティエンは一人ストイックに坂を登る女子ロードレーサーに会う。彼女は中国生まれのホアン・シーヤオ(ワン・ルオダン)、長期療養を余儀なくされた呼吸器系の疾患から快復し、復活のために厳しい個人練習をこなす不屈のロード選手である。
ミン、ティエン、そして、ジウォン、ホアン……プライドと友情、ロマンスと勝利への執念が激しく火花を散らし、自転車乗り達の魂がアジアから世界へと席捲する熱き疾風となる――。

『疾風スプリンター』は、自転車ロードレースを舞台に繰り広げられる、青春アクション映画である。なので、ロードレースの場面が陳腐では話にならない。ダンテ・ラム監督は、出演者たちに半年もの厳しいトレーニングを課し、スタントを使わない演出をしたそうだ。正直、筆者は一抹の不安を覚えた。ロードレースは、集団走行が華である。どんなにロングショットを駆使しようが、プロ(か、それに近い)ロード選手の中に素人同然の役者が交じるなら、凄まじく陳腐な画面になることが容易に想像できたからだ。
だが、そんな不安は開始5分で吹き飛んでしまった。ショーン・ドウの美しいペダリングは外野を一発で黙らせる、下死点を意識した素晴らしいフォームであった。乗っているのは、トラックレーサー(ピスト)だというのに!スルスルッとバンクを駆け上がるワン・ルオダンに、心の中で声援を送りたくなる。ベンガ、ホアン!加油、ホアン!また、エディ・ポンのボトルの持ち方、ドリンクの飲み方一つを見ても、実は元ロードレーサーなのではないかと錯覚させられてしまうほどだ。
そして、本人が自転車に乗ることに拘ったダンテ・ラム監督の演技プランの効果が、思わぬところに出ていたと思う。ティエンが苦手なコースを走る場面は、ライディングに長けたスタントでは決して出せないであろう見事な苦しみっぷりであった。リアルを超えたリアリティという奇蹟が、映画では時折り起きるのだ。

キャスト陣が演技を超えたパフォーマンスを見せるレースシーンは、正しく『疾風スプリンター』の華である。この映画では架空のツアーステージが多数用意されていて、そのどれもが素晴らしい。
アンジェのカルーセルはツール・ド・フランス序盤の名物であるが、劇中の上海ツアーでは市街中心部のロータリーに数百台のロードレーサーがクレイジーに突っ込む。韓国でのトラックレース(競輪)で行われるマディソンは、まるでバイクサーカスのようなコンビプレイが炸裂する。中国内陸部での最終ステージでは、砂漠を縦断する遠大な直線でデッドヒートが繰り広げられる。ツアー・オブ・カタールに勝るとも劣らぬ横風が容赦なく襲い掛かるこのステージでは、破風(=“風除け”転じて、“アシスト”)も役には立たない。
そんな難攻不落なステージに挑むのは、ロード選手だけではない。長年の技術に裏打ちされた、自転車……ロードレーサーが無ければ、戦場に立つことすら出来ない。前述の企業サプライヤーが、最新の機材で全力サポートする。
特に、レースシーンでほぼ全ての車体を供給した自転車メーカーを注視して欲しい。その企業の名は、【メリダ・インダストリー(美利達工業股份有限公司)】……自転車大国・台湾でジャイアント・マニュファクチャリングに次ぐ自転車メーカーである。2013年からはUCIワールドツアーに機材提供を始め、【Team Lampre-MERIDA】には世界選手権覇者のルイ・コスタ(ポルトガル)が所属する注目のサプライヤーである。

役作りに、熱演に、全力を出し尽くしたキャスト。機材の供給により、全力で映画に協賛した企業サプライヤー。そんな“2大エース”の活躍を、強力に“アシスト”するのがダンテ・ラム監督ら映画スタッフである。
活躍の目覚しいエディ・ポン、ショーン・ドウ、チェ・シウォン、ワン・ルオダンら主要キャストは、『疾風スプリンター』によって更なるステップアップを成し遂げるはずだ。フレーム、ホイール、アセンブル、そして、ウェア、パーツ……『疾風スプリンター』を機に、人気を博すメーカーも後を絶たないであろう。
エースを最大限に輝かせる、それがアシストというものだ。そして、エースの眩さによって自ら光り輝き、時に自分自身が勝者となる……それが、“破風”(アシスト)というものだ。

『疾風スプリンター』が傑作である所以は、エースの強さを見せ付けているからではなく、アシストの凄さを見出しているからでもない。エースとアシストとの“絆”を描き出しているからである。
それは、映画そのものであり、私たちが営む社会の本質なのだ。

文:高橋アツシ

『疾風スプリンター』(原題『破風』、英題『TO THE FORE』)
2017年1月7日(土)より新宿武蔵野館ほか全国公開
© 2015 Emperor Film Production Company Limited All Rights Reserved
公式サイト
配給・宣伝:エスパース・サロウ
提供︰ギャガ、新日本映画社

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