空虚な日常における哲学的尾行『二重生活』レビュー
白石珠(門脇麦)は、哲学を専攻する大学院生。
ゲームデザイナーの恋人、卓也(菅田将暉)とは仲良く同棲生活を送っている。
修士論文のテーマを決める時期に来ており、担当教官の篠原教授(リリー・フランキー)に相談した珠は、「どうして人間は存在するのか。何のために生きるのか。答えが出ずにもやもやする」と打ち明けると、篠原は思わぬアドバイスをしてきた。
一人の対象を追いかけ、生活・行動を記録する。そこから人間の存在を考察してみることーー、すなわち、尾行だ。
戸惑う珠だが、資料探しに立ち寄った書店で近所の住人、石坂(長谷川博己)を見かけ、思わず後を付けてしまう。
それ以来、石坂の尾行に密かにのめり込む珠に、恋人の卓也は疑念を抱き始めるーー。
小池真理子の同名小説を原作に、数々のドキュメンタリー番組の演出・プロデュースを手掛けた岸善幸が初監督を務めた本作のテーマは「哲学的尾行」だ。
ルールはただ一つ「対象と接触しないこと」
尾行するうちに、珠は石坂の様々な顔を目にしていく。
出版社に勤務する敏腕編集者としての顔、一軒家に美しい妻と子供と暮らす父親の顔、そして、愛人のしのぶ(篠原ゆき子)といる時に見せる男の顔ーー。見てはいけない他人の秘密を覗き見する背徳感に、次第に珠は引き込まれていく。
昼夜問わず石坂を尾行し、愛人との密会現場のホテルやレストラン、そして妻との修羅場と、本人と近しい人間しか居合わせない場所にまで近づきすぎていく珠。
次第に彼女の中での主従が逆転していく描写が上手い。
論文の調査のため石坂を尾行していた筈が、いつしか尾行が目的となり、卓也との関係にもズレが生じ始める。もともと珠がもつ空虚さに、石坂の秘密がすっぽりはまりこみ、それ無しでは過ごせなくなる。
自分存在が希薄となり対象者の人生に吸い込まれていく様に、静かな恐怖を感じずにはいられない。
作中では、珠に尾行を「そそのかした」篠原教授も、孤独と空虚さを抱えた人物であることが次第に明らかになっていく。
順調な人生を歩む尾行対象の石坂や、珠の行動を理解出来ない卓也も、家族や恋人、他者との関わりに欠損を感じている点では、登場人物誰もが空虚さを内包しているのだ。
尾行に夢中になるヒロイン、珠を演じたのは『愛の渦』、『太陽』等での演技が高く評価され、若手女優のトップを走る門脇麦。
珠が尾行する編集者、石坂にはテレビ・映画ともに途切れなく出演する人気俳優の長谷川博己。
一人の男の生々しい多面性を演じ切り、珠同様に観る者は石原にいつしか感情移入してしまう。
作品に欠くべからざる篠原教授役、リリー・フランキーの存在感はさすがというほかない。
他人との関係を諦めた筈の彼が抱く小さな希望が、いじらしく哀しい。
珠の恋人、卓也には『セトウツミ』、『デスノート 2016』等待機作が目白押しの菅田将揮。短い登場時間ながら、すれ違い始めた恋人との関係を敏感に覚る青年を演じた。
珠たちのマンションの管理人(烏丸せつ子)が見せる監視的な目線が、随所に挿入される監視カメラの映像と相まって、常に見られているような不安感を煽る。
誰もが皆、誰かを見つめ、見つめられている。
他人の生活や行動に気を取られるあまり、今ここにある自分の人生を疎かにしてはいないだろうか?
情報は溢れかえり、だけれど空っぽを抱えて生きる我々への、厳しくも偽らざるメッセージが、本作には込められている。
文:小林サク
『二重生活』
監督・脚本:岸善幸『ラジオ』『開拓者たち』音楽:岩代太郎 原作:小池真理子『二重生活』(角川文庫刊)
出演:門脇麦 長谷川博己 菅田将暉 /河井青葉 篠原ゆき子 西田尚美 烏丸せつ子/リリー・フランキーほか
2015年/日本/カラー/126分/16:9/デジタル5.1ch/R15+ 製作:「二重生活」フィルムパートナーズ
制作プロダクション:テレビマンユニオン 製作・配給:スターサンズ
配給協力:コピアポア・フィルム 宣伝:ミラクルヴォイス+Prima Stella
(c)2015『二重生活』フィルムパートナーズ
6月25日(土)新宿ピカデリー他、全国ロードショー