虹の都 光の港 『シネマの天使』レビュー


main_800x532_72dpi映画館には、天使がいる。
そんな物語を、あなたは荒唐無稽だと言って笑い飛ばすだろうか?
では、新聞記者がセプティミウスの石垣で寝ている美女を介抱したら、彼女は王女様だった――あなたは、「ありえない!」と席を立つのか?
「人助けをすれば、翼をもらえる」ずぶ濡れになった男にそう告げたのは、老天使だった――「馬鹿馬鹿しい!」と劇場を後にするのか?
銀幕に映った荒唐無稽な物語に、夢中になる――そんな力を持っているのが、映画なのではなかったか。

『シネマの天使』は、映画を愛して劇場に通うファンと、愛する映画を届ける人々と、映画館に住む天使の物語である。
舞台となるのは、広島県福山市の【シネフク大黒座】と言う実在の劇場。2014年8月、多くの人々に惜しまれつつも122年と言う長い長い歴史に幕を下ろした映画館である。

アキラ(本郷奏多)と明日香(藤原令子)は、幼馴染。
アキラはショットバー【カサブランカ】のバーテンダーとして常連客(國武 綾)らに弄られる毎日を過ごしながら、「いつか【大黒座】で掛かるような映画を撮る」と言う子供の頃の夢を捨てられずにいる。
明日香は、アキラの口利きもあって【シネフク大黒座】で働き出した。先輩・谷村(佳村さちか)から「さとり世代」と揶かわれながらも淡々と仕事をこなしつつ、この仕事が自分に向いているのか思い悩んでいる。
明治25年の誕生以来福山市民に愛された【大黒座】は、間もなく取り壊しとなることが決まっている。
娯楽の殿堂の閉館を惜しみ、ベテランスタッフ・竹井(末武 太)や老ヤクザ(岡崎二朗)らは藤本支配人(石田えり)に詰め寄るが、藤本は取り合わない。心中穏やかでない自分に言い聞かせるように。
ある夜、明日香は取材中のTVディレクター新見(安井順平)と見た写真に写っていた老人(ミッキー・カーチス)に会う。老人は、明日香に告げる――「映画館には、天使がいるんだ」、と――。
sub6_800x532_72dpi山陽地方を中心に活躍する俳優が多く起用されていることもあり馴染みのない顔も多かったが、出演陣の熱演が本当に光る。凄まじい熱量が作品に満ち溢れているのは、キャスト・スタッフ全員の【シネフク大黒座】への想いがダイレクトに反映されているからであろう。そして、本物の【大黒座】だからこそ醸し出せる空気感が、福山市民からの零れんばかりの愛が(壁面の書き込みを、御観逃しなく!)、作品に息衝いているからだろう。
脚本・編集も一人でこなす時川英之監督が紆余曲折の末に辿り着いた“映画館の映画”は、作品に携わる一人ひとりの想いが集積され、大いなる光を放つ愛すべき佳作となった。
sub7_800x532_72dpi映画への愛をストレートに描いた『シネマの天使』では、劇場を愛する映画ファンだけでなく、映画館のスタッフへの敬愛が込められているのが観逃せない。
劇場のスタッフ一人一人は、日々働いている。観客に喜んでもらうため、支配人は興業を打ち、チケット売場では作品を紹介し、フロアスタッフは座席を清掃し、映写技師は大スクリーンに目を凝らす。活躍を気に留める者は殆どいなくても、毎日汗を流している。映画から“何か”を受け取った観客が、気持ち良く一歩を踏み出せるように。
映画鑑賞とは、作品に込められたメッセージを受け取る行為なのだ。それが観者の未来を変えてしまうほどの力があるから、皆映画を愛するのだ。そして、それに最適な空間が、映画館なのだ。
『シネマの天使』は、“劇場鑑賞”の素晴らしさを真っ直ぐに描いてる。
sub2_800x532_72dpi印象的なラストシーンは、エンドロールを飾る全ての“天使のいる場所”への最大級の賛辞と、魂を込めての感謝で溢れている。そして、失くしてしまった後悔が隠し切れずに滲み出ている。
だが、時代によって形を変えつつも、映画館は今日も営業している。劇場スタッフは、毎日人知れず汗を流している。映画から放たれるメッセージが、ちゃんと観客に届くように。
だからこそ――映画館には、天使が、住むのだ。

文 高橋アツシ

『シネマの天使』公式サイト
©2015 シネマの天使製作委員会

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