海辺の町、ひとときの夏の出逢い『海のふた』レビュー
西伊豆の小さな町に、東京からまり(菊地亜希子)が高速船に乗って帰ってきた。
まりは東京で舞台美術の仕事をしていたのだが、故郷でかき氷屋を開く決意をし、仕事を辞めたのだ。
早速店舗を借りたまりは、自分でペンキを塗り家具を置き、改装を始めた。
かき氷屋では自分の好きなものしか出さないと決めていて、メニューは糖蜜とみかん水のかき氷、エスプレッソの三つだけ。
開店準備に追われるある日、まりの母が突然、大学時代の親友の娘はじめちゃん(三根梓)をしばらくうちで預かると言い出した。
迎えに行ったまりが出会ったのは、顔にやけどの跡がある女の子、最近大好きな人を亡くしたはじめちゃんは、心に深い悲しみを抱いていた。
はじめちゃんに準備を手伝ってもらい開店にこぎつけたかき氷屋は、はじめちゃんが初めてのお客さんになった。「まりちゃん、おいしいよ」ー。二人の女の子、ひと夏の海辺の物語が始まる。
原作はよしもとばななの同名の新聞小説で、彼女の家族が毎年訪れていた西伊豆の海辺の町が舞台となっている。
かつては賑やかだった海や山や街、今はすべて寂れてしまった故郷。
都会ですりきれた心に残った「かき氷だけはずっと好きだった」という想い、それを頼りにまりはかき氷屋を開く。
マイペースに見えるまりだが、故郷でやっていくという思いが強く、信念は曲げたくない、メニューだって迎合したくない。
地元で暮らす元彼の治(小林ユウキチ)に再会しても、治の諦めた態度が気に入らなくて口喧嘩になってしまう。
大好きなおばあちゃんを亡くしたばかりのはじめちゃんは、時折押し寄せる悲しみを必死で受け止めている。海が苦手で、口数は多くないが、芯が強い女の子だ。
まりの東京での生活、はじめちゃんのやけどや、おばあちゃんとの暮らしは詳しく語られない。
西伊豆の美しい自然の中、まりとはじめちゃんの過ごす時間は穏やかにゆっくりで、心癒されるのだけれど、どんな場所にも当たり前に難しさがあることもきちんと描かれている。
かき氷屋のメニューの少なさに戸惑うお客さんたち、ぶしつけなフランチャイズ化の誘い、そんなものが、少しずつまりの心に揺らぎを与えていく。
実家の酒屋の跡継ぎとして頑張ってきた治が下した決断が、ついにまりの不安を爆発させてしまう。
都会でも田舎でも生きるのは困難で、思い通りにならないという事実を突きつけられたまりを、優しく抱き締めるはじめちゃん。
姉妹のような友達のような、二人の不思議な関係はお互いに力を与え合う。
夢を叶えるには努力と希望、そして現実を少しだけ受け入れることも必要なんだー女の子たちは夏の海に見守られ、少しだけ大人になった。
主人公まりを演じるのは『グッド・ストライプス』での主演も記憶に新しい、菊地亜希子。
知的な瞳が印象的な若手女優、三根梓がはじめちゃんを瑞々しく演じている。
前に進むための、夏のひととき、ほんの一瞬のようで、それは何より大切で忘れられない夏になった。
文 小林サク
『海のふた』
キャスト:菊池亜希子 三根梓 小林ユウキチ 天衣織女 鈴木慶一
監督:豊島圭介 原作:よしもとばなな「海のふた」
配給・宣伝:ファントム・フィルム ©2015 よしもとばなな/『海のふた』制作委員会
7月18日(土)より新宿武蔵野館ほか全国ロードショー
公式サイト http://uminofuta.com/