魂のラップで未来を掴め『ガリーボーイ』レビュー



インドとラップ、一見関連がなさそうな二者だが、実は今インドの音楽シーンでラップが徐々に人気が高まっているのだ。
インド出身の実在のラッパーNaezy(ネィズィー)とDivine(ディヴァイン)の二人の半生をもとに、インドの”いま”を生きる若者たちの青春と夢を描いた『ガリーボーイ』がこの秋公開される。
インドの大都市、ムンバイの中で最大のスラムとされるのがダラヴィ地区だ。ダラヴィは、アカデミー賞作品賞を受賞した『スラムドッグ$ミリオネア』(08)の舞台として有名になったが、今なお厳しい階級格差が残る、都市部の最貧困層が暮らす地区だ。
そのスラムに暮らす青年、ムラド(ランヴィール・シン)は運転手の父(ヴィジャイ・ラーズ)、母、弟と祖母の5人で粗末な家で生活している。

貧しい暮らしから抜け出してほしいという両親の願いのもと、大学に通わせてもらっているが、社会に根強く存在する階級差別にムラドは日々憤りを感じていた。父が若い第二夫人を迎えることになり、それに従うしかない母の姿にも、ムラドの心はざわめく。ムラドにはサフィナ(アーリアー・バット)という外科医を目指す医学生の恋人がいるが、彼女の父親は開業医であり裕福な生まれだ。親の反対を恐れ、サフィナはムラドとの交際を秘密にしている。

ある日、大学のキャンパスでコンサートを見ていたムラドの目は、ある青年の姿に惹き付けられる。MCシェール(シッダーント・チャトゥルヴェーディー)と名乗り、聴衆のヤジを見事に切り返し自分のラップの世界へ引きずり込み熱狂させてしまった。もともと自分の思いを詞に書きためていたムラドは、シェールに刺激を受け、さらに作詞に熱中するようになる。
ムラドの父が足を骨折し、全治6週間と診断される。職を失うことを恐れた父はムラドに代理で運転手として勤務するよう命じる。勤務先は立派な邸宅に住む一家で、ムラドは家族の運転手を勤めるが、ことあるごとに格差を思い知らされムラドの中で社会への不満がさらに募っていく。

そんな時、シェールに再会したムラドは自分の詞を彼のために渡すのだが、シェールはこう答える。「お前の言葉は、お前が歌え」。初めてラップを歌い、今まで経験したことのない高揚感を感じるムラド。シェールの助けを借り、「ガリーボーイ(路地裏の少年)」と名乗り、ラッパーとして実力を増していくムラドの前に、またとないチャンスが訪れる。
アメリカの人気ラッパーNAS(ナズ)のムンバイ公演が決まり、前座で歌うラッパーを募集しているのだ!フリースタイルラップバトルの優勝者が前座に抜擢されるため、ムラドは優勝することを心に決めるのだがーー。

元々社会の格差や貧困への不満や怒りを詞に乗せて表現する手段だったラップは、インドの最貧困層として生まれ育ったムラドの思いを表現するのにまたとないツールだった。
ムラドは大学に通い友人も多く、美しい恋人もいる。恵まれた環境にも思えるが、父親が運転手であることから「使用人の子」とみなされ、学歴があっても見下され、恋人の家族には認められない。友人の中には生きていくため盗みを繰り返す者もいる。階級差別、家長の絶対的な権利、女性の地位の低さ、貧困格差…。
現状から抜け出そうともがくたびに、ムラドはどうにもできない壁にぶち当たり、そのたび傷つき失望する。そしてそのたび、思いをすべて詞に書き続けた。圧倒的な現実味と熱量をもった詞は瞬く間に人々の支持を勝ち取り、ムラドは新進気鋭の人気ラッパーへと成長していく。

積もり積もったネガティブな感情を、未来を切り開くためのポジティブな手段に転換して突き進む、若きムラドの姿に胸を震わされる。
だからといって、けして苦難の物語だけではなく、若者らしい友情や恋愛も描かれ、現代のインドの若者のリアルな青春を体感できる心踊るアツい作品になっている。また「Mere Gully Mein(路地裏が俺の庭)」、「Apna Time Aayega(俺の時代は来てる)」など、心を打つラップがいくつも作品を彩り、自然と体が動き出してしまうのだ。

主人公ムラドを演じるのは、インド映画界で高い人気を誇るランヴィール・シン。穏やかで優しい青年が、熱い思いを胸にたぎらせ力強く道を切り開いていく姿を瑞々しく演じた。ガリーボーイのラップは全てランヴィールが実際に歌い上げている。
ムラドをひたすらに愛する、賢く、とびきり気が強い恋人サフィナを演じるのはインド若手女優のトップを走るアーリアー・バット。
また、ムラドにラップを”伝授”し、師匠として友人として切磋琢磨するMCシェールに、本作が映画初出演となるシッダーント・チャトルヴェーディー。余裕と深みのある演技で、懐の深い男シェールを魅力的に演じている。

監督はインド出身のゾーヤー・アクタル。ニューヨーク大学で映画製作を学び、インド映画でいくつもヒットを生み出してきた。作中に名前が登場するアメリカの人気ラッパー、NASがエグゼクティブ・プロデューサーとして名を連ね、エンディングで流れる「NY se Mumbai」はNASがランヴィール・シン、Naezy、Divineと一緒に製作したオリジナル楽曲という贅沢さだ。
熱いリリックとリズムに酔いしれ、自らの力で未来を掴めーー時代は来てる!

文 小林サク

『ガリーボーイ』
配給:ツイン
10月18日(金)新宿ピカデリーほか全国ロードショー!

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