喪失に寄り添う未来『ムーンライト・シャドウ』レビュー



あたり前のようにいた大切な人が突然いなくなることを想像したことはあるだろうか。
覚悟とか心の準備とか、そんなの知るかよと言わんばかりの現実と目の前の色を失うような衝動を数年前までは考えもしなかったとしても、多くの人にとってきっとイメージを必要とする世の中になってしまった。

河原で飼い猫を探していたさつき(小松菜奈)は、身に着けていた大事な鈴も落としてしまう。途方に暮れている時、鈴の音とともに等(宮沢氷魚)と出会う。どこにでもありふれる恋人になった2人は、陽だまりのように温かく穏やかな日々を過ごしていた。

そこに加わるように等の弟・柊(佐藤緋美)と彼女のゆみこ(中原ナナ)とも仲を深め、4人で過ごす時間も次第に増えていった。満月の夜に死者と再会できると噂される“月影現象”についてゆみこが最近気になっていると話し、弟は「信じない」と言い、兄は「日常は偶然の重なりで、歯車が嚙み合ったら起きる奇跡」と真逆の見解をする。

ひょんなことから2人が一緒に暮らす話が舞い込み「等と住みたい」と正直に話すさつき。ささやかな未来を感じた夜道。あれが最後になるなんて――。

哀しみに暮れる主人公・さつきを演じるのは、映画『渇き。』(2014年公開)で鮮烈な長編映画初出演を果たした小松菜奈。その後も絶え間なくスクリーンで幅広い役柄を演じ、菅田将暉と共演した『糸』(2020年公開)では「第44回日本アカデミー賞」にて優秀主演女優賞を受賞。意外にも本作が初の長編映画単独主演となる。

すべてを優しく包むような等を演じるのは、端正なルックスで目覚ましく活躍する宮沢氷魚。初主演映画『his』(2020年公開)にて「第45回報知映画賞」新人賞をはじめ、数々の映画賞で新人賞を獲得している。

突然の死を受け入れられないさつきと柊は、無気力なままにその空白をどうにか埋めようとする。ある時、不思議な女性・麗(臼田あさ美)と知り合い、“月影現象”についてさらに興味を持つのだが……。

原作はベストセラー作家・吉本ばななの「キッチン」に収録された短編小説「ムーンライト・シャドウ」。彼女の原点とも言える名作ラブストーリーは世界30か国以上で翻訳されており、33年の歳月を経てついに映画化となる。今だからこその思いが散りばめられた悲しみへの寄り添いが、儚くも温かい物語に仕上がっている。

後半になると、さつきの感情とリンクさせるかのごとく音楽による表現が構築され、多くのセリフは不要だと突きつけられる。まるでミュージックビデオのようにも映るファンタジックな時間が漂いつづけ、夢なのか妄想なのかそれとも現実なのか。境界線を引かない独特な世界観にいざなわれるだろう。

文 南野こずえ

『ムーンライト・シャドウ』
©2021映画「ムーンライト・シャドウ」製作委員会
9月10日(金)公開

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