憎らしさと愛しさのはざま。で悶える『犬猿』レビュー
きょうだい、いますか?
好きですか?嫌いなところ、一個もないですか?ーーほんとに?
兄弟姉妹は仲良くなければいけないと思う。他人に悪口を言うことに罪悪感を感じる。「うち、きょうだい仲悪くてさー」と言える人を密かに称賛してしまう。そんな人は是非、『犬猿』を観て自分を許そう。
印刷会社に勤務する和成(窪田正孝)は真面目で気の優しいイケメン。父親がつくった借金を返済しながら、老後のために貯金をする地味な生活を送っている。
強盗罪で服役していた和成の兄・卓司(新井浩文)が出所し和成のアパートに転がり込んでくる。和成と正反対に狂暴な性格の卓司は、出所直後からキャバクラで暴れたりアパートに勝手にデリヘルを呼んだりと、やりたい放題。しかし、兄を恐れる和成は何も言えず憂鬱な毎日を過ごしていた。
和成の取引先である小さな印刷所を切り盛りする由利亜(江上敬子)は、密かに和成に思いを寄せていた。頭が良く仕事は出来るが、見た目が良くない由利亜の天敵は、妹・真子(筧美和子)だ。頭は悪いが美人でスタイルの良い真子は男性にもて、芸能活動もしている。姉は仕事のできない妹を見下す一方、妹も節制できずにだらしなく太る姉をバカにしていた。
ギリギリで成り立っていた二組のきょうだいは、卓司が始めた事業が成功したこと、そして和成と真子が付き合いしたことで大きくバランスが崩れていく。
一番身近で大事な存在だけど、ときどき大嫌いになる、それがきょうだい。きょうだいを悪く言うくせに、他人に悪口を言わせると許せない。幸せでいてほしいが、自分が劣ってるんじゃないかと不安になる、そんな「あるある」なダークなきょうだいエピソードが、痛いほどのリアリティで描かれている作品だ。
兄を心配するふりをしながら、その堕落ぶりに優越感を感じていた和成は、卓司の事業が成功したことに苛立ちを感じ始める。卓司は卓司で、親に頼りにされる和成にコンプレックスを感じていた。
外見では圧倒的に負ける妹に、有能さを見せつけることでプライドを保っていた由利亜は、嘲笑うように和成と付き合い出した真子に、どす黒い感情を募らせていく。一方の真子もセクシービデオ紛いの仕事しか取れず、外見しか取り柄のない自分に焦りを感じていた。
嫉妬、憎しみ、苛立ち、そして、愛。ひと筋縄でいかない感情が入り乱れ、どう紐解いていいのか途方に暮れる。他人であればいいのだ、そこには愛が介在しないから、嫌いなら逃げればいい。きょうだいはどうしたって愛がある、愛があるから厄介だし、逃げ出すのは不可能なのだ。
『ばしゃ馬さんとビッグマウス』や『ヒメアノ~ル』などで注目を集めた吉田恵輔監督が4年ぶりにオリジナル脚本を書き、メガホンを取った本作は、キャスティングが絶妙だ。真面目で優しいが、実は狡猾な弟・和成を『東京喰種トーキョーグール』など出演作が引きも切らない人気俳優、窪田正孝が好演。狂暴でだらしない兄・卓司を『斉木楠雄のψ難』など幅広い作品で多彩な役柄を演じる名優、新井浩文が演じる。
ブスでひねくれた姉・由利亜をお笑いコンビ、ニッチェの江上敬子が熱演。彼女の演技が素晴らしく「どんなに頑張ろうと選ばれない」ブスの悲哀をかくも見事に体現し、感服しきりだ。頭がからっぽの妹・真子を本人はきっちり演技もできる筧美和子がキュートに演じてみせた。
この映画を観ても、きょうだいとの上手な付き合い方は学べない。嫌いなところも好きにはなれない。ただどんなに憎たらしくたって、まとわりついてくる愛は断ち切れない、という覚悟だけは出来るかもしれない。
文:小林サク
『犬猿』
監督・脚本 田恵輔
出演:窪田正孝 新井浩文 江上敬子(ニッチェ) 筧美和子
©2018『犬猿』製作委員会
2018年2月10日(土) テアトル新宿ほか全国ロードショー