人を喰らう人魚姫たちの顛末『ゆれる人魚』レビュー
大人になって、再び出会った人魚姫たちは、やっぱりこんな風に、目で語る。
泡になって消えてしまっても、わたしを忘れないでね、と。
そう、そうでした。
人魚姫ってお話は、陸の上の王子様に恋をして、一緒に生きたいと願ってしまう。声と引き換えに人間になるも、恋は叶わず、保身のために王子様を殺さなければならない。けれどもそんなこと出来ずに、泡となって消えてしまう。幼い頃に繰り返し触れた、1936年にデンマークで生まれたアンデルセン童話のひとつ。
物語の顛末を知っているのに、新鮮な印象を受けたのは、アグニェシュカ・スモチンスカ監督の力が何とも大きい。本作が長編デビュー作というから、更に衝撃的。今後、追っかけたい監督のひとりであることは間違いない。
本作の人魚姫は、ふたりの姉妹。そんな彼女たちがたどり着くのは、80年代風ナイトクラブ。スカウトされたふたりは、立派な尾びれをひらひらなびかせながら、歌い舞い踊り、一躍スターへの階段を駆け上る。全編に渡り、野性的に歌い狂う彼女たちの声が、音楽が、耳にこびりついて、なかなか離れてくれない。
そう、知り尽くしたはずのアンデルセン童話とは異なり、『ゆれる人魚』は確かなホラーファンタジーの冠をかぶる、見事なジャンル映画へと昇華している。でも、もちろん、人魚姫の本質は行方不明にならず、しっかりとここにある。
残された道は、ふたつにひとつ。
愛した相手を殺して、なかったことにしてしまうか。
自分が消えて、なかったことにしてしまうか。
最近、白とか黒とか振り切れない、グレーな中間色に重きを置くのが流行っているけど、本当に大事なことは、白黒つけなきゃいけないし、歴史がそう、語っている。
何かを断腸の思いで切り捨てる時、彼女たちのあの視線を、ふと思い出してしまう気がする。
自分の中ではなかったことにしないと、先に進めない思い。でもね、人魚姫たちが、忘れないで、って目で語るの。なかったことになんて、してしまわないでって。
人間特有の、意図的に忘れてしまえる機能。本当に大切なことは、意図的に忘れてしまわないようにしなくちゃだめだなって、痛感した92分でした。
文:押尾キャロル
『ゆれる人魚』
監督:アグニェシュカ・スモチンスカ
出演:キンガ・プレイス、ミハリーナ・オルシャンスカ、マルタ・マズレク、ヤーコブ・ジェルシャル、アンジェイ・コノプカ
2015年/ポーランド/ポーランド語/カラー/ DCP/92分
© 2015WFDIF, TELEWIZJA POLSKA S.A, PLATIGE IMAGE
提供:ハピネット/配給:コピアポア・フィルム
2/10 (土) より、新宿シネマカリテ他にて全国公開!
http://www.yureru-ningyo.jp/