ネパール地震から2年『世界でいちばん美しい村』石川梵監督インタビュー
ネパール……世界最高峰サガルマータ(チベット名:チョモランマ、英名:エベレスト)を臨む、2600万の人々が暮らす連邦民主共和国である。ネパール語、ネワール語(ネパール・バサ語)が公用語として用いられ、統計によれば国民の80%がヒンドゥー教を信仰している。地球に14しか存在しない8,000m級の山々のうち8峰を有するという、世界最大の山岳国だ。
遠く5,000km離れた南アジアの国であるが、日本でネパールを知らないという人は少ない。だが、そんなネパールを、我が国と同じように地震の被災国として認識する日が来ようとは、夢にも思わなかった。
2015年4月25日に発生したネパール地震は、ネパールの首都カトマンズから北西約77kmを震源とするプレート間地震で、規模はマグニチュード(Mw)7.8と推定されている。ネパールは元来地震の多い地域だが、耐震性を意識したインフラ整備がされていたとは言い難く、人口密集地のカトマンズを中心に甚大な被害に見舞われた。また、山岳地区では雪崩や土砂崩れも発生し、被害を拡大するに至った。震災による死者は約9千人に達し、被害地域はネパールのみならずインド、バングラデシュ、中国(チベット自治区)、ブータンに及んだ。被害総額の50億米ドルは、なんとGDPの半分に相当するという。
2015年4月、一人のカメラマンが震災直後のカトマンズに足を踏み入れた。被害の大きさを目の当たりにした彼は震央付近の状況を確かめんと、すぐさま更なる取材を敢行した。カトマンズから車で数時間、更に山を登ること2日間、写真家が訪れた場所はゴルカ郡ラプラック村といった。
彼の名は、石川梵。世界的に著名な報道カメラマンである。そして、東劇(東京都中央区)で上映されるや口コミで評判を呼び、大好評のうちに公開を終えた話題のドキュメンタリー映画『世界でいちばん美しい村』の監督である。
石川が訪れた山村・ラプラックは、ほぼ全ての家屋が倒壊し、人々は非常に困難な避難生活を強いられていた。その上、軟弱な地盤が地震により更に脆弱となり、土砂崩れの危険性を考えたなら定住に適さないほど危険な土地と化していた。
2017年4月8日(土)、東海地区の公開初日、名演小劇場(名古屋市東区)1階サロン2へ登壇した石川梵監督に、『世界でいちばん美しい村』を観たばかりの観客は力一杯の拍手を送った。
石川梵監督 『世界でいちばん美しい村』というタイトルですが、「なんでネパールの被災地が、世界でいちばん美しいのか?」と思ったかも知れません。でも、多分ご覧になった今は、皆さん分かってくれてると思います。今日は僕の友人であり名古屋在住の有名な動物カメラマンである、小原玲さんが来てくれました
小原玲 僕と梵さんは、もう30年近く前になりますか……AFPというフランスの通信社の報道カメラマンを辞めて、『伊勢神宮』という凄い写真展を東京でやった頃からの付き合いです。その頃私は同業の報道カメラマンで、凄い人が出てきたと思っていました
『世界でいちばん美しい村』解説:
2015年4月、ネパール地震の震源地に近い山村・ラプラック村を訪れた写真家・石川梵は、14歳の少年・アシュバドルに出会った。数日前に大地震で壊滅したラプラックを笑顔で案内するアシュバドルに心を惹かれた石川は、二つの約束をする。この状況を世界に伝えること、そして、もう一度ラプラックを訪れること。
約束通りラプラック村を再訪した写真家は、アシュバドルとの再会を果たす。父、母、三男二女の兄妹と7人が避難所のテントで不自由な生活をしているアシュバドルの家族だが、彼らは時おり笑顔も見せる。地震で足を負傷し入院していた末っ子のプナムが、一家の元へ戻ってきたのだ。
ヤムクマリは、無医村のラプラックでただ一人の看護師だ。彼女は近隣の出身だが、ネパールに内戦が勃発していた頃に過ごしたラプラックには特別な思い入れがある。村で献身的に医療行為をこなすヤムクマリにも、震災は暗い影を落とす。山岳ガイドだった彼の夫は、ネパール地震で命を失ったのだ――。
石川監督 この映画のテーマは、3つあります。最初に「家族」って章がありましたけども、僕はアシュバドルが大好きなんです。映画を作ったのは初めてなので自信はなかったんですが、アシュバドルを見ていると出来る気がしたんです。ところが、彼を食ってしまう大スターが現れました。それが、アシュバドルの妹のプナムちゃんです
小原 私は報道写真を辞めて動物写真家になったんですが、辞めた切っ掛けの一つが、日本の報道写真って悲惨な所に行っちゃうんですね。例えば、天安門事件を取材したんですが、『LIFE』誌が私の写真を使ったんです。その写真は、日本の雑誌が見落とした写真で、学生達が手を繋ぐ写真だったんです。悲惨な現場で何か美しいものを見つけてこれるかどうかが、本当の報道カメラマンかそうじゃないかの違いだと僕は思います。今回の梵さんの映画が正にそうで、いちばん悲惨な所で何よりも美しいものを見つけてきた……石川梵という報道カメラマンの魂のこもった作品だと思います
石川監督 プナムもアシュバドルも、本当に優しいんです。僕はテントの中で一緒に寝起きしていたんですけど、夜中に30mくらい離れたトイレに行くと、いくらそっと出ても後ろから足元を照らしてくれる人がいるんです。それは、アシュバドルなんです。夜中に、僕の身体にそっと毛布を掛けてくれる人がいるんですよ。それは、プナムなんです。プナムが僕の手を引いて小さな崖を上がるところがありましたよね?僕は作品の中に自分を入れるのは嫌いなんですが、あのシーンだけは使わない訳にいかなかったんです
小原 カメラワークが写真家ですよね。うんと感動した時、グッと寄るんですね。お父さんに抱かれた、プナムのシーンも……
石川監督 あのシーンは本当に印象的だったと思うんですけど、動画のカメラマンだったら、違う撮り方をすると思うんです。腕の中のプナムを撮って、カメラがパンしてお父さんに行くでしょう。でも、僕はそうしたくなかったんです。なぜなら、僕は写真家だから……写真家っていうのは、想像力の世界に住むので
小原 要所要所に凄く美しいアップがあって、やっぱり石川梵は写真家だなと思って観てました
石川監督 僕は神様が呼んでくれたんじゃないかと思ってるんですが、今回の映画って登場人物が皆キャラが立ってるんです。第二章のヤムクマリなんかも、まるで大女優のような佇まいでした
小原 いちばんキャラが立ってるのが、もう一人……監督ですよね。僕はいちばん最初の感想で、「石川梵の出番が少なすぎ!」って言ったんです。この映画って、映画の中の人間も本当に美しいですけど、もう一つ美しいものがあって、それはこの石川梵っていう監督じゃないかと思います
小原 ドローンを使った、ハニーハンティングのシーンなんかも圧巻でした。同じドキュメンタリーのカメラマンとして、あれは凄いと思います。あれだけで映画が出来るくらいですよね
石川監督 ドローンの話をすると、ドローンって元々評判が悪いんですよ。でも、使いようなんです。ハニーハンティングのシーンはロープにぶら下がって撮ろうかと思ってたんですが、今はそんなことしなくてもドローンがあったらあらゆる所から写真が撮れちゃうんです
小原 ドローンをただの飛び道具として使った作品はつまらないです。彼の場合、そこに信仰や祈りへの理解があるんですよね。そうすると、神々しさとかその人たちの世界観とかを見据えることが出来るんです
石川監督 僕の仕事は、30年間「祈り」がテーマですからね。一つ、謎掛けです。ヤムクマリの旦那さんが亡くなって「トモ」という儀式があって、カメラがずっと上がっていくシーンがありました。延々と長いシーンで、最初は音がして途中から音が消えますがずっとカメラは上がっていきます。あれは、意味があるんです。是非皆さん考えていただきたいんです。そんな謎掛けは、あちこちにあります。例えば、子供が抜いた歯を投げるシーン……昔やりましたよね、同じですね。懐かしく思うシーンですけれど、あのシーンを最後に持ってきたのも、やっぱり意味があるんです
石川監督 最後に一つ、メッセージを。今ネパールで大きな問題があります。それは、人身売買です。ラプラックのあるゴルカ地方では僕らの友達が見回っていて、この5年間でゼロなんですが、無垢な少女たちが騙されて売られる、その数がなんと15~20万人と言われています。しかも、地震があってから非常に生活に困っている人が沢山いる訳です。僕は何とか彼らを救いたいと思い、「プナム基金」というものを作りました。現在、5人の子供たちの学業支援をしています。この映画を日本中、世界中で観てもらう事によって、その輪を広げたいと思っています。公式パンフレットを買っていただくと一部は基金に使われますので、どうぞ宜しくお願いいたします
公式パンフレットは、読み物としても写真集としても読み応え充分な冊子で、石川監督のノンフィクション作家としての、カメラマンとしての矜持がぎっしり詰まっている。販価790円には「プナム基金」への寄付が含まれているので、是非とも御手に取っていただきたい。この様な形で出来る支援もあるのだ。
お忙しいスケジュールの合間にインタビューする機会に恵まれ、『世界でいちばん美しい村』について石川梵監督に更なるお話を聴くことが出来た。
Q. 写真家である石川監督が、映画という表現を選ばれたのは何故なんですか?
石川監督 ちゃんと伝えることが出来るからです。写真では一回雑誌でやって終わり……継続的に続けていくことが難しいんですね。最初は支援に結び付けたいとの想いで始めたんですけど、やってるうちに彼らの素晴らしい生活、生き方をちゃんと伝えるために、映画を作ろうという気持ちになりました。観られた方が口コミで広げてくださって、とても有り難く思っています。皆さん、上手く伝えられなくても、凄く胸にジンと来ると言ってくださいます
Q. 音楽も、素晴らしかったです
石川監督 どんな音楽が良いのか考える時に、最初は空撮が雄大なのでオーケストラが良いと思っていました。でも、ある日YouTubeでたまたま聴いた、スペイン在住のビノード(Binod Katuwal)というネパール人の音楽が素晴らしかったんです。笛(バンスリ)一本でヒマラヤの雄大な自然を表現してるんですよ。連絡して、低予算なので何とかボランティアでやってくれないかとお願いしたら、「ネパールの為なら」と、すぐにOKしてくれました。ネパール在住のネパール人だと民族性が強すぎてしまったかも知れません。ビノードはスペイン在住でフュージョンなんかも学んでいるので、あの独特の雰囲気を出してくれたんでしょうね。主題歌を歌ってくれた*はなおと*は、東北出身なんです。彼らも作品に共鳴してくれて、ボランティアで引き受けてくれたんです。実は、ナレーションの倍賞千恵子さんもそうなんですが、色々な人の協力によってこの映画って出来てるんです
『世界でいちばん美しい村』を、支援する目的で観るという人も多いであろう。もちろん、そんな観方を否定するつもりはない。むしろ、気高い志を称賛させていただきたいと思う。
だが、『世界でいちばん美しい村』はそれだけで終わらない映画だ。作品を鑑賞する者は、自身が差し出す支援よりも遥かに大きな「何か」をスクリーンから受け取ったことに気付くはずだ。
人の心根の優しさ、生きることの喜び、大自然の崇高さ、日々の生活が持つ尊さ、可憐なものが放つ美しさ、そして、伝えようとする情熱……「何か」とは、作品を観た心の数だけ存在するであろう。そんな「何か」を受け取ったなら、あなたも『世界でいちばん美しい村』のことを誰かに伝えてほしい。
色々な人の協力によって出来た映画『世界でいちばん美しい村』……その「輪」に加わることが、あなたにも出来るのだ。
それはきっと、「世界でいちばん美しい輪」に違いない。
今は、2017年4月……ネパール地震から、もうすぐ2年が経とうとしている――。
取材・文 高橋アツシ