クスッとほろ苦、不器用な家族のかたち『お父さんと伊藤さん』レビュー


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原作・中澤日菜子、監督・タナダユキ『お父さんと伊藤さん』が10月8日に公開される。
主人公は書店でアルバイトをする彩(上野樹里)、34歳。アルバイト先のコンビニで知り合った20歳年上(!)の彼氏、伊藤さん(リリー・フランキー)と同棲している。
郊外のアパートで穏やかに暮らす二人の元に、ある日突然、彩のお父さん(藤竜也)が転がり込んでくる。
彩の兄家族と同居していたが、兄嫁と折り合いが悪く、家を飛び出してきたらしい。
「しばらくこの家に暮らす!」と宣言するお父さんに、彩と伊藤さんは呆然とする。年の差カップル+74歳の頑固オヤジ、奇妙な同居生活の始まりだったーー。

40年間小学校教師を勤めあげたカタブツで口うるさいお父さんは、居候でも遠慮はゼロ。
「朝は和食でお願いします」「揚げ物?僕を殺す気なのかな!」「ソースはウースターソースに限る!」と主張しまくり、小言を言いまくり、彩は早々にゲンナリする。
伊藤さんが54歳にしてフリーター、今は“小学校の給食のおじさん”なのも気に食わずいちいちつっかかるが、伊藤さんは意に介さない。いつのまにか彩よりもお父さんと仲が良さそうだ。

一方、彩は日中どこかへ外出するお父さんを怪しんで尾行したり、伊藤さんと三人で映画やボーリングに出かけてみるが、ぎこちなく、なかなかうまくやれない。厳しくていつも一言多いお父さんに反発し、向き合うのをやめてしまうのだ。そんな同居生活に慣れ始めたある日、お父さんが突然姿を消す。行方を探し、兄と伊藤さんとともに彩がやってきたのはお父さんの故郷の街。「一晩、じっくり話し合いなさい」ーー、伊藤さんに促され、彩は今まで避けてきたお父さんとの対峙を余儀なくされる。

『ふがいない僕は空を見た』、『ロマンス』など、タナダ監督作品にはたくさんの分かりあえなさの根っこに必ず愛がある。本作の登場人物たちも皆、人生や家族に対して不器用すぎて、素直になれない。だけど、根っこにある愛が、じんわりと不思議な安心感を与えてくれるのだ。

メインキャストを演じる三人が素晴らしく役にはまりこんでいる。主人公・彩には、『陽だまりの彼女』以来、3年ぶりの映画出演となる上野樹里。ドライに達観したように見えるけれど、本当は大切なものをちゃんと心に抱く彩をしなやかに演じた。
お父さんを演じる藤竜也は、お父さんの妥協できぬ頑固さ、隠しきれないいじらしさを丸めた背中で体現しまくっていて、ついつい「お父さん…!」と呼び掛けてしまう。
年上彼氏・伊藤さんには様々な作品で活躍するリリー・フランキー。飄々としてミステリアス、そして実は、とんでもない包容力をもつ伊藤さんの魅力にいつしか心惹かれてしまう。

家族だからってうまくやれるわけじゃない、だけど大切であることは間違いないのだ。それが分かれば、それだけでいいのかもしれない。
一風変わった家族が繰り広げる可笑しく、時にホロッとする物語に、ふとそんな気がしてくる。

文:小林サク

(C)中澤日菜子・講談社/2016映画「お父さんと伊藤さん」製作委員会
原作:中澤日菜子『お父さんと伊藤さん』(講談社刊)
脚本:黒沢久子 監督:タナダユキ
キャスト:上野樹里/リリー・フランキー/藤竜也/長谷川朝晴/安藤聖/渡辺えり
企画・製作・配給:ファントム・フィルム

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