曇りなき眼差しで、真実を見つめよ『アイヒマン・ショー 歴史を映した男たち』


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1960年、アルゼンチンで一人の男が拘束された。男の名はアドルフ・アイヒマン。第二次世界大戦下のナチスの親衛隊将校としてヒトラーに忠誠を誓い、「ユダヤ人問題の最終的解決」ーー600万人にも及ぶユダヤ人の虐殺計画、ホロコーストーーの責任者であった男だ。
偽名を使い、15年間各国を転々としたアイヒマンはついにアルゼンチンで拘束され、イスラエルに移送されエルサレムで裁判を受けることになる。

20世紀最大の犯罪を世界に放映するべく、奔走する人間たちの情熱がほとばしる映画だ。世界がユダヤ人虐殺の悲劇を初めて知る機会となったアイヒマン裁判は、1961年、4か月に渡り世界37ヵ国に中継されたーーその放映を指揮したのは当時30代のアメリカ人テレビプロデューサー、ミルトン・フルックマン(マーティン・フリーマン)であった。

使命感に燃える若きミルトンは、監督にアメリカ人ドキュメンタリー監督、レオ・フルヴィッツ(アンソニー・ラパリア)に白羽の矢を立てる。
優れた監督であるレオだが、反共産主義に基づくマッカーシズムの煽りを受け10年以上まともに活動しておらず、この裁判には並々ならぬ気合いで挑んでいた。

だが、目の前には問題が山積していた。ミルトンにはナチス支持派から脅迫状が送りつけられ、家族にも危険が及ぶ可能性が考えられた。
また同時期、ロシアが世界初の有人宇宙飛行に成功、アメリカとキューバの関係には緊張が続き、大衆の関心は「今」の出来事に集中していた。第二次大戦終了から15年以上経った今、裁判放送は人々の心に届くのか?
不安が渦巻く中、ついにアイヒマンの裁判が幕を開けるーー。

脅迫を受けながら指揮を執り続けるプロデューサー、ミルトン。虐殺の全体像を伝えたいと考えるミルトンに対し、監督であるレオは異なる姿勢を取る。
ホロコーストを生き抜いたユダヤ人の証人たちが語る悲惨な経験をどれだけ耳にしても、顔色一つ変えず、罪を否定し続けるアイヒマン。
レオは、能面の下に隠されたアイヒマンの人間性を捕らえたいと願う。それは、「普通の人間」が何らかのきっかけで残虐行為に手を染めてしまうことがある恐れを、世界に伝えたいという想いからだった。
時に衝突しながら、二人は同じ「真実」を伝えるために挑み続ける。

真実という面で言えば、本作では実際の裁判での証言映像や、強制収容所の映像が随所に使用されている。
これらがどんな映画作品より生々しい破壊力をもち、見る者のみぞおち辺りに一撃をくらわせる。真実だけがもつシンプルで圧倒的な力の前に、ただ打ちのめされるのだ。

苦悩しながらも信念を貫くプロデューサー、ミルトンを『SHERLOCK/シャーロック』で大ブレイクを果たしたマーティン・フリーマン、気骨あるベテラン監督、レオをアンソニー・ラパリアが渋みを効かせて演じ上げる。
本作には激しいアクションや大袈裟な演出はない、ただ知るべき真実があるだけだ。知るべき真実を世界に伝えるため、闘ったテレビの裏側の人間たちの信念にただ敬服する。
そして知った以上、我々は考えなければならない、再び過ちを繰り返さないために。

文:小林サク

『アイヒマン・ショー 歴史を映した男たち』
監督:ポール・アンドリュー・ウィリアムズ『アンコール!!』 脚本:サイモン・ブロック
出演:マーティン・フリーマン「SHERLOCK/シャーロック」シリーズ、『ホビット』シリーズ/アンソニー・ラパリア/レベッカ・フロント
原題:The Eichmann Show/2015/イギリス/96分/カラー/ビスタ/日本語字幕:松岡葉子
配給:ポニーキャニオン ©Feelgood Films 2014 Ltd.  http://eichmann-show.jp/

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