脚で昇り降りする恋愛映画 『ニューヨーク 眺めのいい部屋売ります』レビュー


眺めのいい部屋 メイン
アメリカ東海岸ニューヨーク市、マンハッタン島へ架かる橋を臨む“眺めのいい部屋”とは、ブルックリン区ウィリアムズバーグにある5階建てアパートメントの5号室である。
この家に住むアレックス・カーヴァー(モーガン・フリーマン)は、愛犬ドロシーの散歩帰り2杯のコーヒーを買って帰るのを日課にしている。屋上の家庭菜園からも自宅アトリエの窓からも素晴らしい眺望が広がり、嘗ての売れっ子画家アレックスにインスピレーションを与えて止まない。
ルース・カーヴァー(ダイアン・キートン)は、心配を募らせる。老齢の域にある夫・アレックスも10歳を越えるドロシーも無論ルース自身も、エレベーターのない5階への昇り降りが負担になりつつあるのだ。遂にルースは、アレックスを説き伏せ、40年間暮らした我が家を売る決意をする。
エレベーター付きのマンションを購入し引越し資金も捻出するためには、出来るだけ高値で入札が進むのが望ましい。その為には、住宅内覧日は正にショータイムである。やり手の不動産ブローカーである姪のリリー(シンシア・ニクソン)からのおせっか……アドバイスに従い、“ガラクタ”を片付け、カーテンを開け、シナモンの香りで爽やかさを演出するルースだが、アレックスはその全てに気が進まない。
そんな折、ドロシーが体調を崩してしまう。慌てて動物病院へ向かうアレックスとルースだが、道路が大渋滞でイエローキャブは進まない。聞けば、テロ事件のせいでウィリアムズバーグ橋が閉鎖されていると言う。我が子も同じ愛犬の危篤、入札額を暴落させかねない降って湧いたテロリズム――眺めのいい部屋、売れますか――?

モーガン・フリーマンとダイアン・キートンは、お互い共演を心待ちにしていたと言う。ハリウッドの大物俳優同士の共演機会として相応しい予算規模とは言えない作品かも知れないが、“完璧な小説”と評されたジル・シメント著『Heroic Measures』(邦題:『眺めのいい部屋売ります』)は、チャーリー・ピータースの脚本とリチャード・ロンクレイン監督の演出手腕により、珠玉のヒューマン・コメディに仕上がった。こうして、大きな二枚看板を掲げるに相応しい映画『ニューヨーク 眺めのいい部屋売ります』が出来上がった。

ニューヨーク、ブルックリン、ダイアン・キートン……とキーワードが並ぶと、恋愛コメディのバイブル『アニー・ホール』(ウディ・アレン監督/1977年)を思い出さずにはいられない。『ニューヨーク 眺めのいい部屋売ります』ではクレア・ヴァン・ダー・ブームが若き日のルースを演じる場面があるのだが、面白いことにこの“ヤング・ルース”、全く“アニー・ホール”には似ていない。そしてもう一つ、“ヤング・アレックス”を演じるコーリー・ジャクソンも、モーガン・フリーマンの若かりし頃に似ても似つかない。
ところが、である。数十年前の大物俳優には似ていない二人が、“ヤング・カーヴァー”にはぴったりなのである。クレア・ヴァン・ダー・ブームとコーリー・ジャクソンは、ダイアン・キートンとモーガン・フリーマンの若い頃には似ても似つかぬが、不思議なことに40年前のルースとアレックスには見えるのだ。キャスティングの妙が、作品を見事に彩る。
キャスティングと言えば、もう一人。スターリング・ジェリンズにも注目してほしい。『ワールド・ウォーZ』(マーク・フォースター監督/2013年)や『クーデター』(ジョン・エリック・ドゥードル監督/2015年)で“慌てふためく少女”の印象が強い彼女だが、『ニューヨーク 眺めのいい部屋売ります』では落ちついた佇まいの新境地を見せる。歯も抜け替わらぬ少女がアレックス(くどい様だが、演じるのはモーガン・フリーマン!)を諭す場面は、痛快この上ない。スターリング・ジェリンズ演じる“ゾーイ”は、『不思議の国のアリス』に於ける“白ウサギ”……否、『オズの魔法使い』に於ける“北の魔女グリンダ”の如き役割を果たすのだ。

流石の好演を見せるモーガン・フリーマンとダイアン・キートンの二人の遣り取りは観ていて飽きないが、絶妙なタイミングで物語に挿入される回想場面が実に好い味を出している。二人が共に築いた40年の歩みを様々な時系列で辿るのは、恰かも徒歩で階段を昇り降りするような感覚である。この『ニューヨーク 眺めのいい部屋売ります』、原題は『5 Flights Up』――なるほど、言いえて妙。エレベーターでは決して味わえない感慨深さを、じっくりと噛み締めていただきたい。
数字ネタと言えば、もう一つ。劇中、ルースはいくつ眼鏡を着替えたか、数えてみると面白いので是非お試しを。アニー・ホールほどではないにせよ、ブルックリン育ちは流石お洒落さんなのだ。

文 高橋アツシ

『ニューヨーク 眺めのいい部屋売ります』
2016年1月30日(土)より、シネスイッチ銀座ほかにて全国順次公開
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