必要なのは、君自身の答え 『ローマに消えた男』レビュー


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三人の人物が、大理石の床を歩く。SP然とした若い女性、涼やかな目元を眼鏡の奥に湛える初老の紳士、如何にも切れ者を思わせる中年男性。ヴェルディの歌劇『運命の力』序曲シンフォニアが静寂なパートに移ると、初老の紳士は歩みを止め徐ろにしゃがみ込む。どこか心配そうに様子を伺う男性の視線をよそに、靴紐を結び直した老紳士は再び立ち上がるが、足運びは重い。全国党大会の壇上に上った彼を待っていたのは、歓迎の拍手よりも罵声であった。
「あんたが党をダメにした!さっさと出ていけ!!」
摘み出される女教師は、尚も声を荒げ続ける。
「キリストは裁かれて死ぬことを望んだ。あえて裁かれる屈辱を選び、決して屈しなかった……反乱にも、不正にも」
老紳士は冷静に演説を打つが、会場を埋め尽くした出席者の拍手は、どこか渇いた音がした。

こうして幕を開ける『ローマに消えた男』は、『そして、デブノーの森へ』(2004年/109分)のロベルト・アンド監督が自らの著作『Il trono vuoto(空席の王座)』を原作とし、脚本、監督を手掛けた政治ドラマかつブラックコメディである。アンド監督は脚本を書く段階で既にトニ・セルヴィッロの起用を決めていたそうだが、なるほど『ゴモラ』(マッテオ・ガローネ監督/135分)『イル・ディーヴォ 魔王と呼ばれた男』(パオロ・ソロンティーノ監督/110分)の2作品で2008年のカンヌ国際映画祭を感嘆せしめたセルヴィッロでなければ、この奇想天外かつ繊細極まりない“一人二役”は手に負えそうにない。

嘗てないほどの政治的危機に直面しているイタリア最大野党・左派連合の書記長エンリコ・オルヴェーリ(トニ・セルヴィッロ)は、大切な欧州左派会議の直前に置手紙を残し姿を消す。国政選挙を前にして党の存亡に関わりかねないスキャンダルに、腹心のアンドレア(ヴァレリオ・マスタンドレア)は慌てふためく。
エンリコの妻・アンリ(ミケーラ・チェスコン)によると、実はエンリコには音信普通の双子の兄弟がいると言う。アンドレアは藁にも縋る思いでエンリコの兄ジョヴァンニ・エルナーニ(トニ・セルヴィッロ:二役)を探し出す。しかし、エンリコとジョヴァンニは姿かたちは瓜二つだが、人柄はまるで水と油であった。
ローマから姿を消したエンリコはと言うと、かつての恋人を訪ねるためにパリに向かっていた。現在は映画監督と結婚し娘もいるダニエル(ヴァレリア・ブルーニ・テデスキ)だが、久しぶりに会うエンリコの様子に只ならぬものを察し、自宅に匿ってやることにする。

原題『Viva La libertà』は、直訳すれば“自由、万歳!”であるとか。
ジョヴァンニは哲学の教授であるが、精神疾患で長らく入院していたことが仄めかされる。退院したとは言え隠遁生活を送っていた(これも仄めかされるだけで真実は語られないが)彼にとって、政治の世界は自由を発露できる最適な場所だった。ジョヴァンニは持ち前の弁舌と歯に衣着せぬ演説で、サンジョヴァンニ広場を埋め尽くした観衆を熱狂させる。
エンリコは最大野党の書記長であるが、長年の苦労の末に辿り着いた党首と言うポストが日に日に重荷となっていた。近隣とは言え異国の野党所属の政治家にフランス国民は気付くはずもなく、エンリコにとって隠遁生活は最高に居心地のいい理想郷となった。成り行きでダニエルの職場で仕事を手伝いながら、エンリコは失った青春時代を取り戻すかのような充実感を味わう。
鏡の表裏のような二人は、一人は消えることで、一人は現れることで、自由を謳歌する。セルヴィッロだからこその演技により、顔貌が同じなだけで全く似ていない印象だった双子の兄弟が、不思議なことに同じような表情を見せ始める。
そして、謎めいた写真と、謎めいた笑顔に触れた時――あなたはもう、『ローマに消えた男』から目が離せない。
物語は意外な結末を迎えることになるが、それはジョヴァンニの言うような“カタストロフェ”ではないのだろう。権力が巧みに姿を変え民衆を支配するように、自由もまた自在に姿を変え人心を翻弄するのだ。
ヴェルディのシンフォニアを再び耳にする時、あなたはきっとこう呟くだろう――もう終わりか……もっと、もっと、観ていたいのに、と。

文 高橋アツシ

『ローマに消えた男』
キャスト:トニ・セルヴィッロ /ヴァレリオ・マスタンドリア/ヴァレリア・ブルーニ・テデスキ/ミケーラ・チェスコン/アンナ・ボナイウートほか 監督・脚本・原作:ロベルト・アンド
©BibiFilm ©RaiCinema
11月14日(土)より、YEBISU GARDEN CINEMAほか全国順次公開

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