アルベール・カミュは天命反転の夢を見るか“妖怪”加藤志異ロングインタビュー
――アルベール・カミュは天命反転の夢を見るか―― “妖怪”加藤志異ロングインタビュー
『加藤くんからのメッセージ』(2012年/綿毛(わたげ)監督)が、12月6日シアター・イメージフォーラム(東京都 渋谷区)にて公開となり、大反響となっている。
今後、順次公開が決まっている『加藤くんからのメッセージ』は、12月13日名古屋シネマテーク(名古屋市 千種区)でも封切を迎えた。初日舞台挨拶の熱気冷め遣らぬ翌12月14日、Cinema Colors名古屋支部は加藤志異氏への単独インタビューに成功した。
――本日はありがとうございます。まずは、『加藤くんからのメッセージ』の見所を聞かせていただけますか?(高橋)
「綿毛監督を代弁して言うならば、『何者でも無い人に向かって撮った』作品だそうです。生きづらくてどうやって生きていったら良いかよくわからない人とか、中々家から外に出るのもしんどいみたいな人に観てもらいたいと。彼女の夢は、映画館に行く気力も無いような人が観て、勇気とか元気をもらえる映画が撮りたい…それで『加藤くんからのメッセージ』と言う作品を撮ったと言ってました。実際、ずっと引きこもってたような方が観てくれて、「何かよくわからないけど、凄いパワーが出た」と言ってくださって…色んな人に観てもらったんですけど、「とにかくエネルギーだけは凄い!」って言ってもらえます。「大笑いした」って言う人もいれば、「号泣した」って方もいてくださって…かと思えば、怒っちゃって「こんなの映画じゃない」と言いつつ、何度も観に来てくれたりする方もいて…どうやら感情を揺さぶる力があるようです」
「綿毛監督が初めて撮った作品に、何かよく分からない力みたいな物が宿っていて…この作品、彼女は当然“ドキュメンタリー映画”だと言うんですけど、僕は何か違う“新しいモノ”だと思うんですよ。それが何なのかは僕もよく分からないんですが、どの映画祭(『イメージフォーラムフェスティバル 2012』・『TAMA CINEMA FORUM 2013』・『座・高円寺ドキュメンタリーフェスティバル 2014』)へ行っても、この作品だけ違和感がある…浮いてるんですよ(笑)」
――実際お会いしてみて、世界を拒絶してない方だなと思いました(小林)
「僕、早稲田(大学)を中退期間7年含めて11年掛かって卒業してるんですけど、挫折だらけでした。漫画家を目指したり…政治家やジャーナリストにもなりたい…色んな夢があったんだけど、何やっても上手く行かなくて…。心配して声を掛けてくれた人とも喧嘩しちゃったり…自分の価値観、正義観を相手に押し付けてたんですね。卒業する前日に自分の34年の人生を文章に直して、それで演説したんですけど…もう、文章書いてる時に涙が止まらなくて…酷かったんですね、人生を振り返ってみると。ここで変われなきゃずっと変わらないままだと思い、「人の夢を少しでも受け入れるようになりたい」って思ったんです。拒絶しないようにしたいと。人間だけじゃなくて、例えば象にも夢があると思うし…このコップにも夢があると思うんですよ…ありとあらゆる物に夢ってあるんだと。映画の中でもそうですが、僕はずっと「夢は叶う!」と言ってて…自分が34年生きてきて、これだけは自信を持って言えることなんです。「夢は叶う」って相当使い古された言葉ですが、大体は「努力すれば夢は叶う」とか、「才能ある奴の夢は叶う」とか、色々条件が付くんですよ。僕は、そんな条件とかは無くて、あらゆる夢は叶うと思ってるんです」
「僕は演説活動の中で、子供達に夢を書いてもらって、それを読み上げることをやってるんですよ。例えば太郎くんが「新幹線の運転手になりたい」と書くと、「太郎くんは、新幹線の運転手になる!」って演説するんです。で、今度は次郎くんが居て「新幹線になりたい」って書くと、僕は「次郎くんは、新幹線になる!」って読み上げる訳ですよ。すると、子供は凄い好い顔をしてくれるんです。大人は「なれねえよ」って言うんですが、理屈とかを越えて夢って叶うと思うんで。確信なんですよ。皆に「妖怪なんかなれねえよ!」って言われるんだけど、僕は生きることでそれを証明しようと思ってるんです…本当に妖怪になって証明したいんですよね。何千年も何万年も「夢は叶う!」と叫び続ける妖怪になって」
――子供の頃から妖怪を目指してたんですか?(高橋)
「僕は、岐阜の山奥で育ったんですけど…水木しげるさんの『妖怪世界編入門』が目茶目茶怖くて…リアルな絵で、しかも『みんな本当に居る』って書いてあるんですよ。怖いんだけど、見るうちにハマってきて…妖怪って、羽が生えてたり目が百個あったり個性的だなと思ったんです。でも大人になってくると、「周りに妖怪いねえな」ってなって…二十歳を過ぎて、色んな社会の常識みたいなものが入ってきて…段々、興味を失ってったんですよ。そんな時、妖怪の絵を描いてる女の人に会ったんです。その人が小学3年の時、沼に『キケン!ちかよるな!』って書いた河童の看板があったんですって。「沼が危険だから近寄るな」って看板なんですが、その人は「河童が出るから近寄るな」ってことだと思って、一週間くらいずっと待ってたって言う(笑)。その話を聞いて、俺もそんな気持ちを思い出してもう一回やってみようと思って、漫画を描いたんです。『サンタの仇』って言う、魔女にサンタクロースが喰われちゃって、河童と少女が協力してサンタの仇を討つ…って言う、何だか訳の分かんない漫画でした。当時の自分としては「誰の真似もしてない新しい物が出来た!」と出版社に持ち込んだんですけど、「全ての編集者を代表して言うが、君は漫画を舐めている!」って2時間くらい説教されました(笑)」
「こないだ一緒にトークショーもやった『惡の華』の押見修造(夢は叶う!『加藤くんからのメッセージ』×「惡の華」漫画家、押見修造トークイベント!)が大学の漫研で同期だったんですが、アイツがブワーッと売れてく中、僕はどんどん諦観してどん底に入ってって…。そんな時、荒川修作って人に出会ったんです。岐阜にある養老天命反転地なんかを手掛けてる芸術家ですが、荒川さんは「そこに行くと人間が死ななくなる」って言うんです。荒川さんの講演会に行ったんですけど、凄かったんですよ。「人類の何千年かの芸術や哲学や科学の歴史は全部間違いだ。“人間は死ぬ”って言う前提で作られてるから」って言うんです。荒川さんの夢は巨大な街を造ること…人の五感が変わっちゃうような家が建つ街で、そこに住むと死ななくなる街なんです。講演が終わった後、「感動しました」って話しかけに行ったんですよ。「君は何をやっているのか?」って言われて、僕は「漫画を描いてます」って話したんです。そうしたら、「僕の思想をテーマに漫画を描きなさい」って言われて。入口が5センチの入れない家に入って暮らす漫画を描けって言う、禅問答みたいなお題が出たんです。一年くらい掛けて色んな場所を訪ね色んな人に話を聞き、出来た漫画は普通の漫画じゃなかったんです。円環状になってまして、端と端をくっ付けて中に入って、回して永遠に読める漫画です。出版はまだ実現していませんが、荒川さんは喜んでくれました。思想は難解でしたが、手伝ってみて分かったことは、荒川さんは本気だってことでした。例えとか比喩じゃなくて、本気で死ななくなる為に命懸けでチャレンジしてるんだってことに気付いたんです。僕は死ぬことを考えると怖くて仕方ない子供だったんですが、こんな生き方もあると知ったんですよね。それで、荒川さんの情熱が乗り移って、僕も死なない存在…“妖怪”になってやろう、と」
――人生の師と言えば、もうひと方…沢木耕太郎さんについては如何ですか?(高橋)
「僕は早稲田大学に憧れてたんですが…全然勉強できなかったんで3浪しても受かんなくて、別の大学に行ったんですよ。そんな時、沢木耕太郎さんのロングインタビューが『SWITCH』って雑誌に載ってたんです。沢木さんが22歳の頃の思い出で…卒論のテーマを、当時一番共感していた作家アルベール・カミュの評伝にしたと言う。沢木さんが在籍していたのは横浜国立大学の経済学部ですから、そんなテーマじゃ留年かも知れない…それでも、沢木さんは書いたんですね。そうしたら教授が、「これは経済学部の卒論としては駄目だけど、エッセイとしては面白い」って優をくれた、と。それが沢木さんがノンフィクション小説でデビューする切っ掛けになった卒論で、しかも僕もその時22歳…これは今読まなきゃと思い、すぐに在籍していた大学の図書館に紹介状を書いてもらって問い合わせたら、紛失してるって話だったんです。でも探していいって言われたんでとにかく行ってみると、偶然その日の朝違う書庫で出てきた、と。これは、運命だと思うじゃないですか(笑)!読んでみたら、凄いんです。まず、何故カミュについて書くかの前提で、経済学部だからマルクスにも触れていて…『資本論』の内容が凄いんじゃない――それを作ろうとしたマルクスの情熱が凄いんだ、と。卒論はカミュの評伝が続くんですけど、22歳のところで『22歳の僕らは、カミュと同じ位置に立っている』と書いてあったんです。読んでる僕も22歳だったから、沢木さんとカミュと同じ22歳の位置に立っているんだ――僕自身に向かってもこの卒論は書かれてるんだと思って…俺にとっては、奇跡のような体験だったんですよ。それまで世界から嫌われてるんじゃないかと思ってたのが、受け入れてくれてるのかもって思ったんですよ。感動してコピーを取らせてほしいと頼んだら著者の許可が要ると言うので、沢木さんに手紙を送ったんです。そうしたら沢木さんから「僕も卒論をコピーしてほしいんで、もう一部コピーして送ってください」って留守電があって…今でもカセットテープで保存してあります(笑)。コピーを送ったら、沢木さんが本を送ってくれて、そこに『In your own way』って書いてあったんです――“自分のやり方で”って。僕は沢木さんの真似をしようと思ってたんだけど、真似じゃない自分のやり方を、自分の生き方を見付けようと思ったんです」
――“ありのままで”(笑)?
「そうですね(笑)。でも、そこから“ありのままで”の試行錯誤がずっと続くんですけどね(笑)」
そんな試行錯誤は、加藤くんが後に出会う荒川修作氏により“妖怪になる夢”として具現化することとなる。
しかし、加藤志異が妖怪図鑑に載るレベルの大妖になるには、それこそ何千年・何万年にも及ぶ気が遠くなるほどの試行錯誤が必要であろう。
“自称妖怪:加藤志異”がその夢を叶えて、持論を証明するのを目の当たりに出来ないのが本当に残念――
……おっと、愚かしい固定観念で足枷を拵えるのは止めておこう。あらゆる夢が無条件に叶うのならば不老不死も実現可能なのだし、加藤くんが何か“新しいモノ”に変容するのは人類の寿命の範囲内で充分なのかも知れない。
「誰かの夢に寄り添う時、自分の夢に寄り添ってくれる誰かがいる」
そんなことを言うスーパーポジティブな“妖怪の卵”になら、化かされてみるのも悪くない。
取材:高橋アツシ・小林麻子、協力:坪井亜紀子
於:ブラジルコーヒー(名古屋市中区金山4-6-22 コスモビル1F)
【STORY】
空前の“妖怪”ブームに沸くニッポン。そんな空気をぶっ壊す!
妖怪史上、最も人間臭い妖怪、ここに誕生!!加藤くん、36 歳・独身。大学受験の失敗、大失恋、漫画家になる夢の挫折。青春のすべてを過ごした早稲田大学を 11年かけて卒業するも、契約切りにおびえながら月収 9 万円で働く日々。そんなどん底の彼を這い上がらせたのは、“妖怪になる”という夢だった。作家・沢木耕太郎さんから贈られた「in your own way」という言葉、そして芸術家・荒川修作さんの思想を胸に、彼は妖怪・加藤志異(かとうしい)として生まれ変わる!
『加藤くんからのメッセージ』
出演:加藤志異 製作・監督・撮影・編集:綿毛 配給:東風(C)綿毛
シアター・イメージフォーラムにてレイトショー公開中
『加藤くんからのメッセージ』公式サイト