過去から引きつぎ 未来へと繋ぐ『海すずめ』レビュー


umi_main親子というのは、難しい。
世の中には、師弟や友人、同僚に恋人、様々な人間関係が存在する。そんな社会の最小単位である家族、その中でも基本であるはずの親子なのに、良好な関係を結んでいる人は極く僅かだ。そもそも“理想の親子像”など机上の空論であって、歪な関係を倒けつ転びつ一生掛けて体裁を整えていくのが親子というものなのかも知れない。

晴れ渡った朝、一台の真っ赤なビーチ・ダ・ストラーダ(競技用自転車)が豊予海峡を臨む海岸通りを駆けていく。“CORNAGO(コルナゴ)”とはまた通好みのチョイスだが、肝心の乗り手はというと随分と等閑である。申し訳程度にヘルメットは被っているものの、グローブも着けていない。しかも競技用のビンディングペダルが装着されているにも拘らず、靴はスニーカーなのだ。それなのに、速い。ラフな夏服にバックパック姿の女の子(武田梨奈)が、サイクルジャージをビシッと着こなした愛好家たちのロードバイクを、ゴボウ抜きにしていく。職場に到着した女性は、急いでネーム・プレートを装着した。“うわじま市立図書館 自転車課 赤松雀(すずめ)”は、今日も遅刻だ。
速いのは当然で、雀は学生時代プロのロードレーサーを目指したこともあったほどの自転車少女だったのだ。そして、乗り方が雑なのも実は訳がある。嘗て雀は小説家を目指し、二人三脚でロードレースの練習をしてきた父・武男(内藤剛志)と大喧嘩して上京したことがあるのだ。デビュー作『夢のなか』以降ずっとスランプに陥って帰郷した雀と武男は当たり前のように不仲のままで、母・京子(岡田奈々)はいつも心を痛めている。

そんな雀が故郷・愛媛県宇和島市に戻り就いた仕事は、図書館の自転車課。通勤用のロードバイクから支給車のクロスバイクに乗り換え、離島や過疎地に住む利用者のリクエストに応え、本の貸し出しサービスを受け持っている。イタリアン・レッドの競技車も良いが、宇和島の自然の中には真っ白な“GIANT ESCAPE”が良く映える。皮肉なことに雀は、夢を閉ざした自転車で、夢が閉ざされそうな小説を届けているのだ。
自転車競技への夢を閉ざした者は、他にもいる。自転車課の同僚・岡崎賢一(小林豊(BOYS AND MEN))は、将来を嘱望されたロードレース界の期待の新星だった。やる気の見えない雀に反感を持っていた岡崎だが、パンク修理を切っ掛けにお互いの身の上を話す機会が出来る。アキレス腱の古傷を示しながら、岡崎は力なく笑って見せた。
そして、自転車課にはもう一人、原田ハナ(佐生雪)がいる。小説家への夢を捨てきれずアルバイトとして働いているハナは、父親に「ちゃんと就職しろ!」と顔を合わせる度に小言を聞かされている。ハナの父親は、自転車課の上長・原田貴之(二階堂智)なのだ。
ある日、原田と図書館館長・兵藤秀子(宮本真希)が深刻な面持ちで自転車課の3人に通告する。非効率な自転車課は、縮小が検討されていると言うのだ。激しく反発する岡崎とハナに、兵藤館長は「まだ検討の段階だから」と言葉を濁す。だが、原田は十中八九決まったことだと冷たく言い放つ。「無理、無理」と言われ、雀も唇を噛み締める。

「時は1615年!独眼竜と称された仙台伊達政宗公の長男である秀宗公が宇和島に入部したところから、宇和島藩伊達家が始まった!」観光ガイドを務める雀の祖父・辰三(目黒祐樹)は、今日も名調子を唸ってみせる。そう、2015年は宇和島藩伊達家、開祖400年という記念すべき年なのだ。【宇和島伊達400年祭】を成功させようと、市の実行委員会も宇和島伊達家も、力を注いでいた。劇中、本人役で出演する伊達宗信は、宇和島伊達家13代目当主にあたる。
そんな宇和島伊達400年祭に、ハプニングが持ち上がっていた。図書館にあるはずだった『宇和島藩刺繍図録』が紛失していることが発覚したのだ。打ち掛けの意匠を記した図録が無ければ、3000人の大武者行列という祭のメインで披露される姫君の衣装の復刻は不可能である。「もし図録を見つけたら、自転車課は存続してもらうぞ!」と原田に無茶な啖呵を切った雀は、岡崎、ハナと共にエスケイプで走り出す。
最後の頼みは、雀の担当・九島に住む三好トメ。昔、私立伊達図書館で司書をしていたというトメなら、所蔵品の行方について手掛かりを持っているかもしれない。人々の想いを乗せ、宇和島市立図書館・自転車課、雀の、岡崎の、ハナの、青春が再び疾りだす――。

監督・脚本は、『ポプラの秋』(2015年/98分)で父を亡くした少女(本田望結)とアパートの大家さん(中村玉緒)の不思議だけれど温かい心の交流を見事に描ききった、大森研一。『瀬戸内海賊物語』(2014年/116分)でも小豆島・今治・広島と、瀬戸内海の魅力を余すことなく写しとった大森監督の手腕は、出身地である愛媛県を舞台にした物語『海すずめ』でも、存分に発揮されている。宇和島城、段畑、石垣、鯨大師、そして、天赦園……魅力溢れる宇和島の風景を、存分に味わい尽くすことが出来る。

また、2010年『トイレの神様』で社会現象にまでなったシンガーソングライター・植村花奈が4年ぶりに書き下ろした映画主題歌もお聴き逃しなく。全ての出演者の気持ちを代弁しているかのような、正に『海すずめ』の為に書かれた曲で、物語のエンディングを豊かに飾る。

先人たちが大切に紡いできた過去があるからこそ、私たちの生きる現在がある。そして、今を大切に生きるからこそ、素晴らしい未来がやってくる。映画『海すずめ』は、“いま”を懸命に生きることの難しさを、美しさを、愛おしさを、存分に見せて、聞かせて、感じさせてくれる。
2015年に【宇和島伊達400年祭】という歴史的イベントが行われた現在だからこそ、翌2016年に四国本土と九島とを結ぶ【九島大橋】開通した今だからこそ、生まれた――『海すずめ』は、そんな映画である。

文 高橋アツシ

『海すずめ』
© 2016「海すずめ」製作委員会
アークエンタテインメント
7月2日(土)有楽町スバル座ほか全国ロードショー

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