ひつじよ、ひつじ。愛しのひつじ『ひつじ村の兄弟』レビュー


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ヨーロッパの北の端、北大西洋上に浮かぶ島国、アイスランド。
世界有数の火山大国で温泉が豊富、ヨーロッパ最大の氷河をもち、夏は白夜、冬はオーロラと、その特色も近年の北欧人気で日本人も多く知るところだろう。
2015年の世界平和度指数ランキングでは世界第1位と、治安が良いことでも有名だ。
北海道と四国を合わせたほどの国土に人口は約25万人、それに対し羊の数は100万頭(!)という羊大国でもある。牧羊で生計を立てる人も多く、アイスランドの人々にとって羊は身近な存在だ。

そんな羊にまつわる可笑しくも切ない物語の舞台は、アイスランドの自然に囲まれた辺境の村。
多くの住民が牧羊に従事し、年に一度羊の品評会も行われる。
隣同士の家に住むグミー(シグルヅル・シグルヨンソン)とキディー(テオドル・ユーリウソン)の老兄弟は、先祖伝来種の羊を育てることに人生の全てを捧げている。
彼らの羊は国内随一とも言われる優良種で、品評会でも優勝を競い合うほどだが、兄弟は互いに40年以上も口をきかない程に不仲だった。

ある日、キディーの羊が疫病に侵され、疫病撲滅のため村の全ての羊を殺処分とする決定が下される。
羊に頼りきりの生活の中、牧羊家の中には暮らしが立ち行かず土地を離れる者すら現れた。
だが、先祖伝来の羊を守り抜きたいグミーとキディーはそれぞれの手段で殺処分に抵抗する。
それにより二人はある秘密を共有し、40年ぶりに兄弟が力を合わせることになるのだ。二人は愛する羊を守ることが出来るのかーー。

監督はアイスランドの新鋭、グリームル・ユーリウソン。
長編2作目の本作で第68回カンヌ国際映画祭で「ある視点部門」グランプリを見事獲得した。
羊の世話に人生を捧げつくしてきた老兄弟にとって、羊は生活の糧であると同時に、唯一心を預けられる存在だ。
結婚もせず家族をもたない二人には、羊は家族であり、人生であり、自らの存在意義なのだ。
たった一つのそれが奪い去られそうになった時、激情的な兄キディーと、穏やかで人当たりの良い弟グミーの取る手段は正反対だがーー、二人は執念ともいうべき情熱で殺処分に抵抗する。

40年の長きに亘りお互いを無視しあっていた兄弟が、羊への狂おしいほどの愛情によって再び結び合わされる過程は、滑稽でアイロニカル、そして感動的だ。
羊の血統を守る戦いが、いつしか同じ血を分ける兄弟の共闘に変わっていく様子も因縁めいている。
老兄弟が追い詰められる極限の状況を淡々と、ドライなユーモアを交えて描きつつ、その薄皮一枚下で、執着や愛情、憤怒といったウェットな感情が蓄積されていき、爆発的な疾走感と、兄弟愛が滲むラストまで飽きさせることがない。
果たして羊を守りきれるか、緊迫したストーリー展開もスリリングだ。

自然や動物を前にして、人間の営みはちっぽけで、結局私たちは何もコントロール出来ない。
憐れで滑稽な人間の必死さは、しかし、観る者に強烈な畏敬の念を抱かせる。
作品は取り繕うことなく真っ正面から物事のあり方を描いているが、その根底には全ての生き物への共感と憐憫の情が溢れている。
アイスランドの荒涼とした大地と、牧羊家たちの厳しい暮らしを描きつつも、どこか神話的な崇高さが一筋の光ををもたらす良作だ。

文 小林サク

『ひつじ村の兄弟』
(C)2015 Netop Films, Hark Kvikmyndagerd, Profile Pictures
12月19日(土)より新宿武蔵野館ほか全国順次公開

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