“アップ・サイド・タイム”で行きましょう 『アクトレス ~女たちの舞台~』レビュー


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「ワイヤーやグリーン・スクリーンなんて、もうウンザリ」
主人公マリア・エンダースはハリウッド作品をそんな風に評する。演者であるジュリエット・ビノシュ自身のセルフ・パロディのような台詞に、観客は感情を揺さぶられる。
「ファンにはショックよね」
そして、マリアの有能なパートナー・個人秘書のヴァレンティンがこんな風に応える。ヴァレンティン役は『トワイライト』シリーズ(2008~2012年)でハリウッドの寵児となったクリステン・スチュワートなのだから、アイロニーを通りこした“毒気”に観衆の心は一気に持っていかれる。
『アクトレス ~女たちの舞台~』はタイトルが示す通り、一世一代の舞台に挑む女優たちの物語。まるで、出演者たちがエチュードと言う形で己の存在意義を模索している過程をドキュメンタリー・タッチで観ているかのような錯覚めいた雰囲気を湛えており、ジュリエット・ビノシュとは『夏時間の庭』(2008年/108分)以来のコンビとなるオリヴィエ・アサヤス監督の脚本が、演出が、冴え渡る。

世界を股に掛ける大女優・マリアは、個人マネージャー・ヴァレンティンと共にTGV(フランス高速鉄道)に乗っている。ここ数年公の場に姿を見せない劇作家ヴィルヘルム・メルヒオールの代理で賞を受け取るため、チューリッヒに向かう途中なのだ。ヴェルヘルムは18歳の駆け出し時代『マローヤのヘビ』と言う作品に抜擢してくれた恩人で、毛嫌いしている舞台俳優ヘンリク・ヴァルト(ハンス・ツィジシュラー)も出席する授賞式には気が進まないマリアだったが、ヴェルヘルムの為となると断るわけには行かなかった。足が重いのには、もう一つ理由があった。『マローヤのヘビ』のリメイク話が持ち上がっており、新進気鋭の演出家クラウス(ラース・アイディンガー)もレセプションで熱心にマリアを口説く。だが、マリアは頑として承諾しない。オファーが来た役は、彼女が昔演じた“シグリッド”ではなく、シグリッドに翻弄された上に命を断つ40女“ヘレナ”なのだ。
しかし、とうとうマリアにも舞台を断れない理由が出来てしまった。ヴェルヘルムが急逝したのである。『マローヤのヘビ』のリメイクは、ヴェルヘルム自身も念願の作品だったのだ。シグリッド役は、ハリウッドで活躍する“スキャンドール”ジョアン・エリス(クロエ・グレース・モレッツ)。マリアはヘレナと言う役を掴めないまま、ヴェルヘルムの妻ローザ(アンゲラ・ヴィンクラー)が迎えるシリス・マリアの山荘を訪れる。ヴァレンティンと共に、“ヘレナ”を理解する為に、“マローヤのヘビ”の正体を知る為に――。

ジュリエット・ビノシュとクリステン・スチュワートの掛け合いが、とにかく文句なく素晴らしい。マリアの役作りのためヴァレンティンは本読みに協力するのだが、観者は図らずもスクリーンの中に舞台版『マローヤのヘビ』を観ることになる。もちろんアサヤス監督の緻密なディレクションの賜物なのだろうが、二人が即興芝居を繰り返す中で役を掴んでいく(“ヘレナ”だけでなく、“シグリッド”も!)行程を覗き見たような、背徳感にも似た緊迫感に度肝を抜かれる。
そして、“シグリッド”の化身であるクロエ・グレース・モレッツが、美事な嵌まり役を見せる。スキャンダルとは無縁な彼女が、画面に映るだけでスキャンダラスなハリウッドの申し子と化してしまう天賦の才に、感嘆せずにはいられない。
ジュリエット・ビノシュ×クリステン・スチュワート×クロエ・グレース・モレッツ……三者三様の天才が散らせる火花に、瞬きも勿体ないと思えるほどの濃密な124分を堪能できる。

また、ヴィルヘルムの妻ローザ役であるアンゲラ・ヴィンクラーも観逃せない。ローザとマリアは、謂わば“旧知の恋敵”同士とも言える複雑な関係で結ばれている。この難役を事も無げにこなしてしまうベテランの存在感は、最上級の賞賛に値する。
そう、マリアとヴィルヘルムの関係性に着目すれば、『アクトレス ~女たちの舞台~』は男女により印象が異なる様相を見せる。
女性目線で観るならば、自身のアイデンティティを自問自答する大いなる人間賛歌だろう。
男性目線で観るならば、旧い恋人を自分の呪縛から解放させる為のラブレターめいた遺書だろう。

こんな解釈をしては、劇中のマリアに、「男の空想よ!」と言われてしまいそうだ。
だが、そんな絵空事が、堪らなく可笑しく、この上なく愛おしい。

文 高橋アツシ

『アクトレス 〜女たちの舞台〜』公式サイト
(c) 2014 CG CINÉMA – PALLAS FILM – CAB PRODUCTIONS – VORTEX SUTRA – ARTE France Cinéma – ZDF/ARTE – ORANGE STUDIO – RTS RADIO TELEVISION SUISSE – SRG SSR

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