彼は最高で最強のヒットマン!…ん?『ヒットマン』レビュー



ニューオーリンズで2匹の猫と暮らすゲイリー・ジョンソン(グレン・パウエル)は大学で心理学と哲学を教えているが、副業で地元警察に技術スタッフとして協力している。
ある日おとり捜査で殺し屋を演じる警官が職務停止となり、急遽ゲイリーが代役を務めることに。思いがけず殺し屋を見事にやりきったゲイリーは才能を見込まれ、その後も偽の殺し屋を演じて殺人の依頼者を次々と逮捕へ導いていく。
そんな時、マディソン(アドリア・アルホナ)という女性が夫の殺害を依頼してくる。セクシーな殺し屋・ロンとしてマディソンの話を聞いたゲイリーは、支配的な夫との生活で憔悴しきった彼女に同情し「この金で家を出て、新しい人生を始めろ」と見逃してしまう。この出会いをきっかけに2人は恋に落ちるが、ある日マディソンの夫が殺害される。誰が夫を殺したのか?二人の恋の行方はどうなるのか?さまざまな要素が絡み合い思いもよらない展開が待ち受ける。

『ビフォア・サンライズ 恋人までの距離〈ディスタンス〉』(95)、『ビフォア・サンセット』(04)、『6才のボクが、大人になるまで。』(14)など数々の名作で知られるリチャード・リンクレイター監督と『トップガン :マーヴェリック』(22)のハングマン役で注目を集め『恋するプリテンダー』(23)、『ツイスターズ』(24)など出演作が目白押しで今最も勢いのあるハリウッド俳優の一人グレン・パウエルがタッグを組んだ本作。実はゲイリー・ジョンソンは実在の人物で、1990年代から警察のおとり捜査に協力し偽殺し屋として70人以上の逮捕を成し遂げた優秀な捜査官だったのだ。嘘のようなホントの話にインスパイアされた本作は一見罪のないコメディのように思えるがそこは名匠リンクレイター監督、一筋縄ではいかない。

主人公のゲイリーは普段は心理学・哲学の大学教授として働くどちらかというと冴えない男性。バツイチで恋人なし、愛猫2匹と暮らす地味な生活だ。ところがひとたび偽の殺し屋に扮するとさまざまなタイプの人物に外見も性格も見事になりきり、殺人の依頼者たちをすっかり信じ込ませてしまう。マディソンと出会った時はセクシーな殺し屋ロンを演じていたのだが、そのタフガイぶりと時折見せる優しさにマディソンはあっという間に(ロンに)恋してしまう。マディソンを失いたくないあまりロンとして密かに彼女と付き合い始めたゲイリー。

だが幸せな時間はつかの間だったーー。二人の交際を知ったマディソンのヤバイ夫が激怒、さらにゲイリーをよく思わない警察の同僚に二人の仲を怪しまれてしまう。正体を明かせぬままゲイリーは次々と降りかかる難題を乗り切れるのか?中盤からの怒涛のブラックな展開がコメディタッチに油断していた頭にスパイスのようにヒリヒリと心地よく効いてくる。
また殺し屋ロンを演じるうちに真面目で寡黙、女性に奥手だったゲイリーが積極的で自信に満ち溢れた男性へと変貌を遂げていく。ロンのキャラクターに侵食されたのか、自己暗示によるものか、はたまた元々ゲイリーがもつ一面だったのか。自分は一体どこまでが「自分」なのか?誰もが思い込んでいる「自分」を演じているだけなのか?ゲイリーが大学で教える”自分とは何か”、”人は変われるのか”という哲学的なテーマともリンクしているのが面白い。

本作の共同脚本も手掛けたグレン・パウエルはいつもの男前ぶりをかなぐり捨て、様々な人物に扮装して熱演を見せておりそれだけでも一見の価値がある。マディソン役には『モービウス』(22)のアリアナ・アルホナ。キュートで破天荒なヒロイン、マディソンを魅力たっぷりに演じている。
コメディの枠だけには収まらないたくさんのスパイスが効いた本作。その刺激にきっと夢中になるに違いない。

文 小林サク

『ヒットマン』
© 2023 ALL THE HITS, LLC ALL RIGHTS RESERVED
配給: KADOKAWA
9月13日(金)新宿ピカデリーほか全国ロードショー

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