そっとそばにいる。それだけで『違国日記』レビュー
コミック誌『FEEL YOUNG』(祥伝社)で2017年から2023年まで連載されたヤマシタトモコの人気漫画『違国日記』が主演に新垣結衣と早瀬憩を迎え映画化された。新垣結衣が演じる人付き合いが苦手な小説家の女性と姪が過ごす不思議な同居生活を描いた作品だ。
35歳の小説家、高代槙生(新垣結衣)はある日姉の事故死の連絡を受ける。病院に駆けつけた槙生が目にしたのは両親を亡くし一人残された15歳の姪、田汲朝(早瀬憩)だった。朝を引き取ろうとしないばかりか、葬式で無神経な言葉を吐く親戚たちに怒りを覚えた槙生は、勢いで朝を引き取ることになる。正反対の性格の二人の同居はぎこちなく、なかなか距離が縮まらないが槙生の親友、醍醐奈々(夏帆)や槙生の元恋人、笠町信吾(瀬戸康史)の助けもあり少しずつ二人の関係は変化していく。
槙生は人見知りで家の片付けが大の苦手、他人と暮らすのは到底無理だと自認している。朝にとって槙生は今まで出会ったことがない「大人らしくない」どちらかというとダメな大人だ。共通点がない二人の生活は戸惑いとすれ違いの連続だった。人懐っこい性格の朝は他人と共感し合うのを当然だと思っているが、それは槙生には受け入れられないことだった。気持ちを上手く表現できない槙生にとって自分の感情は自分だけのものだからだ。二人の分かり合えなさの象徴は朝の母親であり槙生の姉である実里(中村優子)の存在だ。朝にとっては実里はかけがえのない母親だが、槙生にとっては相容れない相手だった。「私が好きなあの人をあなたも好きなはず」という淡い期待は清々しく一刀両断される。槙生は凛として言うーー。「あなたの感情も私の感情も自分だけのものだから分かち合うことは出来ない。あなたと私は別の人間だから」
拒否や無理解のようにも聴こえるが実際はとても誠実で思いやりに満ちた言葉だ。分かり合えないからこそ相手を尊重し、否定せず、踏みにじらない。最初はそんな槙生に対して一抹の寂しさを抱いていた朝も槙生の内に秘めた優しさに触れるうち、醍醐菜々や笠町信吾、親友のえみり(小宮山莉渚)との関わりを通して世界にはたくさんの考え方や生き方があることを知る。
「肉親だから愛しているはず」「親友だったら何でも話すのが当たり前」「女の子は男の子を好き」「35歳で結婚してないなんておかしい」…そんな無意識に抱く思い込みを誰かに押し付けてはいないだろうか、無邪気に傷つけてはいないだろうか。叔母と姪の二人暮らしという小さな世界を通して、”自分も他人も大切にする”というのは一体どういうことなのか、この映画は真っ直ぐに優しく問いかけてくる。
人付き合いが下手で不器用だが熱い信念をもつ主人公、高代槙生を演じた新垣結衣は『正欲』(23)に続き、これまでの可愛らしいイメージを覆す新しい魅力を見せている。逞しく、凛々しく生きる槙生がそこにいた。姪の朝を演じたのは、オーディションで選ばれた新人俳優の早瀬憩。明るく伸びやかな朝の姿は観る人に忘れかけていた純粋な想いを思い出させる。槙生の親友・醍醐菜々を夏帆、槙生の元恋人・笠町信吾を瀬戸康史、朝の親友・楢えみりを小宮山莉渚が演じている。友人たちが皆ぎこちない二人を優しく見守っていて、そばにいてくれる人の有り難さがじんわりと染みる。監督・脚本『PARKS パークス』(17)、『ジオラマボーイ・パノラマガール』(20)の瀬田なつきが務めた。
分かり合えない、だからこそ大切にしたい。「違う」ことの素晴らしさに気づかせてくれる、あたたかさと力強さに満ちた作品だ。
文 小林サク
『違国日記』
キャスト: 新垣結衣、早瀬憩、夏帆、瀬戸康史
監督・脚本 : 瀬田なつき
配給:東京テアトル 配給協力:ショウゲート
©️2024 ヤマシタトモコ・祥伝社/「違国日記」製作委員会
6月7日(金)より全国ロードショー