【ロングインタビュー】『莉の対』田中稔彦監督&鈴木タカラ



映画制作経験が全くなかった畑違いのアマチュアスタッフ達だけで撮影した190分という大作でありながらも、世界三大映画祭に次ぐ映画祭と言われている「第53回ロッテルダム国際映画祭」にて最優秀作品賞を受賞した『莉の対』(れいのつい)。5月31日よりついに公開を迎える本作について田中稔彦(としひこ)監督と主演の鈴木タカラにインタビュー。

~クリストファー・ノーランと同じ道を歩んでいると思いたい~

ーー初監督・脚本ですが、映画を制作しようと思ったきっかけは?
田中稔彦監督(以下:田中監督) 普段は舞台役者として活動しているので、舞台で1年のスケジュールが埋まるんです。でもコロナが流行した時、劇場が全部閉まってしまったので舞台がまったく出来なくなりました。そこでファンの方々に向けて何かをやろうと思いYouTubeを始めました。そこで動画の撮影や編集を学び始めていたところ、監督補でもある池田くんから「『シネマカメラ』という映画向けのいいカメラがあるよ」と聞き、購入してショートフィルムを実験的に撮りはじめました。でも周りの役者さんたちも携帯でショートフィルムを撮るようになっていて、同じことをやっても意味がないと思い、せっかくなら長編をやろうと。しかも2時間ではなく、もっと長い作品を撮ろうと思ったのがきっかけになります。

ーー好きな映画監督や作品を教えてください。
田中監督 濱口竜介監督ですね。好きな作品は海外だと『インターステラー(クリストファー・ノーラン監督)』で、宇宙が好きなんです。ちなみにノーランのスタートは「ロッテルダム国際映画祭」で最優秀作品賞の受賞からなので、僕も今後は“ノーラン”か“クリストファー”へと改名しようかと(笑)そういった意味では彼と同じ道を歩んでいると思いたいですね。

ーー撮影で一番大変だったところは?
鈴木タカラ(以下:鈴木) 北海道の旭岳の雪山でのシーンは「寒いよ、大変だよ」と事前に聞かされていました。でも振り返ってみると、その寒さと大変さを超えたのが充(勝又啓太)との河原でのシーンで。東京パートなのに寒さが尋常ではなかったです。この後北海道の撮影が待っているのにここで寒いなんて言えない!というプレッシャーもありました(笑)

田中監督 多摩川での撮影でした。勝又さんとタカラさん二人だけのシーンだったのですが、ともに集中して寒さを我慢してくれました。待機用の車までの距離が1kmくらいあったのでなかなか戻れず、長時間の撮影だったので、体の芯まで冷えてしまいました。

鈴木 とはいえ、監督やカメラマンたちは川の中から撮影していたんです。こちらも寒いけど、真冬の夜にカメラを担いでザバンザバン水をかき分けていく光景も凄まじく(笑)みんなハイになってましたね。

ーー旭岳の雪のシーンで光莉にとあるアクシデントが起きますが、スタントでしょうか?
田中監督 あれ実は僕なんです(笑)真斗を演じつつ、その後タカラさんに衣装を脱いでもらって僕が着て、そのアクシデントを演じて。再びまた真斗に戻りました(笑)

ーー初めての映画制作で様々な壁や迷いがあったと思いますが、特に苦労したところは?
田中監督 うーん、どれを挙げればいいのだろうか。全部と言いたいんですけど、真冬の北海道の撮影データがすべて消えてしまったことです。二度と撮れない瞬間的な風景のシーンも多々あったので、すべてが終わったと感じた出来事でした。

原因は記録メディアとの相性だったんですけど、専門のデータ復旧業者に依頼をしたところ「やってみるけど完全に消えるかもしれない」と言われてしまって。予算もスケジュール的にも再撮影は無理だったので、その時はひたすら祈るような思いでした。なんとか無事にデータ復旧してもらえましたが、それ以降はバックアップを取るということを覚えましたね(笑)

ーー劇中でタイトルが出るシーンはバランスが良く印象的でした。(左側から火葬場、煙突、真斗の構図)
田中監督 上映開始から45分後くらいにタイトルが入るんです。映画のタイトルが入るのって開始数分というパターンが多いと思うんですけど、そのタイミングにしたのは濱口監督の『ドライブ・マイ・カー』から着想を得ました。

川と土手があって、その向こうに火葬場の煙突から煙が出ているという構図は脚本の段階から決めていました。実は、日本には煙が出ている火葬場ってもうあまり無いんですよ。なのでファンの方にインスタで「教えて欲しい」と伝えたら、たくさん情報を頂きまして。一つ一つGoogle earthで調べて選びました。

撮影場所は奈良で、そのカットだけを撮りに向かいました。でも、撮りたい位置には草が生い茂っていて、火葬場方面を見ると何も見えなかったんです。なので池田くんと二人で土手の草を全部刈ったら町から感謝されるという意外なことも起きました(笑)また、タイミングよく火葬場から煙が出てくれないので刈った草を燃やしてわずかな時間だけ煙を出してもらい、イメージしていた撮影ができました。

ーー監督と脚本を手掛け、メインキャストの真斗としても出演されている理由は?
田中監督 セルフプロモーションですね。自分で撮って出演することで俳優としても次のステップに進むという意味合いです。監督補の池田くんも同じようにメインのキャストとしても出演しています。

僕はカメラが好きなので、写真家の役を演じてみたかったというのもあります。耳が聴こえないけれど手話も使えないという役の設定は、そういう方が実際にいらっしゃることを取材をして知りました。手話を取り入れると物語としては感動的にはなりますが、あえて入れたくなかったという意味もあります。

ーー劇団員の武田(勝又)のセリフで「言葉を伝えろ。言葉の意味を伝えろ。セリフのひとつひとつをクリアに伝えろ」には、ご自身が役者として日頃から思っていることでしょうか?
田中監督 僕はタレントとして芸能事務所に所属していますが、事務所の社長が元アナウンサーということもあり、滑舌については意識するよう言われ続けてきました。舞台ではひとつひとつ言葉を丁寧に伝えることを常に心がけているので、充のセリフにもその事を入れました。

真斗と光莉の間に言葉はありません。言葉って別にいらないし、なくても伝わることの方が大事。ということを二人の関係性に込めています。そして光莉も真斗に対してそう思っていた矢先、充の「言葉が大事」とのセリフにハッとさせられるんです。「言葉って大事じゃないけど、言葉って大事」という気持ちのシーソーゲームはこの作品で僕が伝わってほしいことのひとつでもあります。

~受け取り手に伝わったことがすべてでいい~

ーー心に残る言葉やシーンが人によって様々だと感じました。本作で一番伝えたいことは具体的にあるのでしょうか。
田中監督 何を伝えたいかよりも、伝わったことがすべてだと思っていて。俳優としてもモットーにしていることでもあります。「その作品のメッセージ性はなんなの?」と言われるけれど、それは作り手のエゴだなと思ってしまうんです。メッセージを押しつけるのではなくて、ただ事象を描いて、そこから何かを感じて頂ければそれで良いですし、面白くなかったと言われたらそれだけです。伝わったことがすべてでいいと思っています。

ーー光莉と麻美(大山真絵子)の関係性について、親友としてそれはどうなのか?と議論したくなる出来事が起きますが。
田中監督 光莉は特に何不自由なく生きていて、これといった悩みもないごくありふれた人間ですが、彼女はそんな自分に嫌気がさしています。問題を抱えていたり大きな葛藤で苦しんでいる人たちが周りにいることで、光莉という人間がより浮かび上がるような構成で描きました。そして麻美は光莉とは真逆。結婚していて財産もあるので、彼女は成功した側なんです。唯一負い目になっているのは、障がいを持った子どもを産んだことで自分を責めている点です。

ゆえに麻美は「私は普通でいい、普通の家族を持ちたい」と思っています。逆に光莉は「普通は嫌だ」と思っていて、そんな二人のコントラスト(対比)を描きたかった。深く意図はしていないけれど、そこには女性ならではのマウントの取り合いがあるなと思っていました。

ーー光莉とご自身を比べて、似ているところはありますか?
鈴木 基本的には違いますね。そして仕事でもクセが強い役をいただくことが多かったので、「何もない、普通」という役を私が演じる意味はどこにあるのだろうかと思っていました。でもすべての撮影が終わってからは、光莉に引っ張られたのか、光莉のセリフにあったことを私自身も考えるようになりました。

ーー監督が相手役というシチュエーションですが、どのようなお気持ちだったでしょうか。
鈴木 オーディションの時から主人公の相手役を演じるのが監督ということは知っていました。でも私は光莉役を受けに行ったわけではなく、いろんな役の読み合わせをやってどの役になるかはわからないというオーディションだったんです。その時は、監督はじめみなさん元気があって声も大きくてスタイリッシュで、良いことだけど業界的にはあまりない(笑)雰囲気だなという印象でした。その後、制作部が全員役者だと聞いて納得しました。

撮影がはじまって2人のシーンはすぐにはなかったので、しばらくは当たり前に監督として接していましたが、初共演シーンの撮影では「今は監督?真斗?」という戸惑いがありました。監督自身もその切り替えに慣れていくとともに、私も監督と真斗の判断というか、距離感を掴んでいった感じです。その後自分の中で大きく変わったのは、東京の冬撮影が終わり北海道撮影までのオフの期間です。雪を見ながら温泉に入っていたのですが、気づいたらずっと真斗のことを考えていたんです。真斗にとって特別な雪、北海道でも降ってるのかな?言葉で会話ができなくても雪の感触は2人で共有できるな、とか。気づいたら露天風呂で年を越していました(笑)

田中監督 順撮り(順を追って撮影)のメリットとして、撮影の初期の頃には二人の間には距離感があった事です。光莉と真斗という何ともぎこちない二人の距離感が、演じる必要もなく自然と出ていたのかなと。真斗はボールを投げても跳ね返ってこない“無”のような人物なので、それに戸惑いつつも頑張って拾おうとしなければいけなかったことは、タカラさんにとってとても大変で苦労をかけてしまったなと思っています。

~次の作品への期待感を買ってもらえていたら嬉しい~

ーー「第53回ロッテルダム国際映画祭」にて、最優秀作品賞(タイガーアワード)の受賞おめでとうございます。どんなところが海外の方に支持されたと思いますか。
田中監督 審査員のマルコ・ミュラーさんがおっしゃるには「俳優たちと協力してひとつの作品を作り上げたこと」、「本来なら自然の美しさに俳優の演技がのまれてしまうが、そうならず作り上げている」という評価をいただきました。

でも僕はどこが評価されたのかは正直分かりません。ですが、“彼らに次の作品を作らせたらどんな作品が出来るのだろうか”という期待感を買ってもらえていたら嬉しいです。そして、一緒に現地に行った“チーム莉の対”で映画祭を盛り上げた自負もあります。映画祭側からは「映画祭のハイライトの1つは授賞の瞬間だった」との評価もいただいています。

ーーロッテルダムでの滞在はいかがでしたか?
田中監督 キャスト・スタッフ9人で現地に行き、一軒家を借りて共同生活をしていたんです。みんなでスーパーに行って食材を買って料理を作ったり、現地で知り合った方を呼んでホームパーティーをしたりと、本当に楽しかったです。

ーープレミア上映と授賞式で素敵なお着物で登壇されていましたが、現地での反応はいかがでしたか?
鈴木 現地での反応はビックリするくらい良かったです。街を歩いていても声をかけられたり、写真をお願いされたり。着物のおかげで『莉の対』のキャストだとわかってもらえました。普通の服で行った映画祭のパーティーは入口で止められました(笑)

田中監督 授賞式に着物で行くって、はたから見たら受賞する気満々ですよね(笑)でも、実は僕らもその気満々で会場にカメラを3台用意していました。受賞しそうになる瞬間って何となく分かるんですよ。

ーー「受賞しそうになる瞬間」とは?
田中監督 最優秀賞の発表の時、すぐに作品名が読み上げられるわけではないんです。その前に、なぜ審査員がその作品を選んだか、という選考理由が英語で説明されました。聞き取れる単語から「あれ?!え?これは!もしかして!」という気持ちのグラデーションが一番興奮しました。

ーー授賞式の時にあえて日本語で『仲間』という言葉を使用されていたのが印象的でした。関わってくださった方々へメッセージをお願いします。
田中監督 何も返せない、何も持っていない、手助けをしてもメリットがない僕たちに手を差し伸べてサポートしてくださった方々なので、本当にすべて無償の愛でできていると思っています。

そんな皆さんは、僕にとっては大切な旅の仲間だと思っていますし、みんなで作ったこの作品の成長を、共に喜んでもらえたら嬉しいです。まだココがスタートなので今後も町や村やたくさんの人と繋がっていって、お互いにいい夢を見たいなと思っています。

ーー作品を楽しみにしている方々へ、メッセージをお願いいたします。
鈴木 お金がある、家族がいる、やりたいことをやっている、幸せそうに見えることって色々あるけど、実際幸せかどうかは別問題だし、何を幸せと感じるかは人それぞれ。3時間をかけて丁寧に描かれる登場人物の心の動きの中で、自分にとっての幸せや不幸の形が、少し鮮明になるのではないかなと思います。タイガーアワードを受賞したことでどうしても期待値を高く持ってくださるとは思いますが、純粋に感じたことをどうか大事にしていただけたら嬉しいです。

取材:内野ともこ 取材・撮影:南野こずえ

『莉の対』(れいのつい) ※ 英題『Rei』
監督:田中 稔彦 (たなかとしひこ)
上映時間:190分
キャスト:鈴木タカラ、大山真絵子、森山祥伍、池田彰夫、勝又啓太、田野真悠、菅野はな、内田竜次、築山万有美/田中稔彦
©No Saint.&Bloom CO., Ltd. 配給:No Saint.&Bloom CO., Ltd.
公式HP:https://reinotsui.com
2024年5月31日(金)より、テアトル新宿にて1週間限定上映 ほか全国順次公開

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