情熱の街で恋と映画が踊り出す『サン・セバスチャンへ、ようこそ』レビュー



スペイン北部のバスク地方、ビスケー湾に面するリゾート都市サン・セバスチャン。「ビスケー湾の真珠」と称される美しいビーチや街並みに加え、ミシュランの星付きレストランや庶民的なバルが軒を連ねる、世界に名だたる美食の街でもある。そんな魅力的な街で開催されるサン・セバスチャン国際映画祭に一組の夫婦がやってきた。

かつてニューヨークの大学で映画を教えており、今は小説を執筆しているモート(ウォーレス・ショーン)は映画業界で働く妻スー(ジーナ・ガーション)に同行して映画祭にやってきた。スーが広報を担当するフランス人監督フィリップ(ルイ・ガレル)はスーと非常に仲が良く、モートは二人の仲を怪しんでいる。疑心暗鬼に苛まれたモートはストレスで診療所を訪れるはめになるが、そこでチャーミングな医師ジョー(エレナ・アナヤ)と出会い心をときめかせる。サン・セバスチャンを訪れて以来、モートは街中で、夢の中で不思議なモノクロームの幻影を見るようになっていた。現実と夢の狭間で、モートは自らの人生と愛について思いを巡らせるようになる。

ウディ・アレン監督の新作はスペインの風光明媚な街サン・セバスチャンを舞台にした大人のロマンチック・コメディだ。一念発起した小説の執筆ははかどらず、映画業界で活躍する妻スーとの関係も芳しくなく冴えない日々を送る初老の男性モート。一方スーとの関係が疑われる映画監督フィリップは才気溢れる若いイケメンで、どこへ行っても大人気だ。
嫉妬と不安で落ち込むモートの前に救いの女神さながら、美しい医師ジョーが現れる。ジョーはアーティストの夫パコ(セルジ・ロペス)の浮気性に悩まされ結婚生活に問題を抱えており、モートはジョーを不幸な結婚から救いだそうとするが関係はなかなか進展しない。

映画のように上手くいく恋と行かない恋、その違いは何なのか?考えあぐねるモートの前に次々と不思議な光景が現れる。街を歩けばフェデリコ・フェリーニ監督の『8 1/2』のシーンに飛び込んでしまい、夢の中ではオーソン・ウェルズ監督の『市民ケーン』やジャン=リュック・ゴダール監督の『勝手にしやがれ』の場面にモート自身が登場してしまう。モートは愛するクラシック映画に人生の意味を見いだそうと模索するが、結局はそれも儚い夢の一片に過ぎない。果たしてモートは望み通りの人生と愛を手に出来るのだろうか。
人生の意味は時間の経過とともに変わりゆき、普遍的な価値を探すのは無意味なのかもしれない。だからこそ一瞬のときめきや情熱、悩みや怒りにすら輝きがありその中にモートが探す意味があるのかもしれない。映画はそんな輝きの数々をフィルムに閉じ込めた夢なのだ。

インテリで皮肉屋の主人公モートを演じるのはウディ・アレン作品に多数出演するアメリカの俳優ウォーレス・ショーン。美人でやり手の妻スーに『ショーガール』(95)、『バウンド』(96)などで知られるジーナ・ガーション、モートが恋するジョーに『私が、生きる肌 』(11)のエレナ・アナヤ、映画監督のフィリップを『オフィサー・アンド・スパイ』(19)、『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語(19)のルイ・ガレルが演じた。

ままならずとも今を生きる瞬間にこそ心を踊らせよう、恋をしよう。傍らにはいつも輝きの詰まった夢=映画がある、アレン監督からの人生と映画へのそんなラブレターのような作品だ。

文 小林サク

『サン・セバスチャンへ、ようこそ』
© 2020 Mediaproducción S.L.U., Gravier Productions, Inc. & Wildside S.r.L.
配給:ロングライド
2024年1月19日(金)新宿ピカデリー他全国公開

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